監督失格
しあわせなバカタレ。
2011年 カラー ビスタサイズ 111min 東宝映像事業部配給
プロデューサー 庵野秀明 企画、製作 甘木モリオ 監督 平野勝之 音楽 矢野顕子
音楽プロデューサー 北原京子 整音 郷右近秀利 編集 李英美
出演 林由美香、小栗冨美代、平野勝之、カンパニー松尾
2011年10月1日(土)全国拡大ロードショー公開中
(C)「監督失格」製作委員会
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの庵野秀明が実写映画を初プロデュース。『白 THE WHITE』の平野勝之監督によるドキュメンタリー。平野監督が撮り続けた仕事仲間であり元恋人で、2005年34歳の若さで急逝した『たまもの』『日曜日は終わらない』などビデオ・映画出演本数200本を越えるAV女優・林由美香をめぐる14年間に及ぶ美しくも壮絶な愛の記録。。2004年に主演したピンク映画『たまもの』(いまおかしんじ監督)では、年下の彼氏に熱を上げる熟女を好演。ユーロスペースで一般公開されるに至り、2004年第17回ピンク大賞の女優賞を受賞、さらにドイツのライプツィヒ国際映画祭にも招待されるなど、彼女の代表作となった。本作は、北海道の礼文島まで自転車走破した企画ものAV『由美香』のプライベートビデオを再構成し、更に遺体発見当日の映像を6年の封印を解いて公開している。平野監督と彼女の母親、そして仕事仲間たちといった大切な人の“喪失”と、それに向き合う人々の“再生”を描く。音楽は『あがた森魚 やや デラックス』の矢野顕子が担当している。
映画だけに限らずテレビやビデオ、ネット動画など多岐に渡っている現代の映像メディア社会において出演作が200本を超える伝説的なAV女優がいた。それが林由美香である。次々と新人が現れてはすぐに消えていく過当競争が激化するAV業界(グラビアアイドルも同様だが)でこの出演本数は尋常ではない。今では裸になるという事は決して優位に立つ方法論では無くなってきており、それどころか単に顔や体の良さだけでは生き残れる世界ではなくなっている…というのは周知が知るところだ。それじゃ、どうして林由美香はそこまで(200本という出演作)人々を惹きつけて止まなかったのだろうか?彼女の作品を見ると明らかに数多にあるアイドル化したAVとは異なる点がある。単なる絡みだけの作品とは違い林由美香の作品はブルーフィルムの如き怪しさと危うさが漂っているのだ。それは果たして、本作の監督でもある平野勝之やカンパニー松尾といった作家性に起因しているものなのか?その鍵は本作に収められた彼女の発言から理解する事が出来た。彼女はスタッフとの飲み会の席で…もしくは主演作『由美香』のプライベート映像の中で平野やカンパニーに発破を掛ける。監督ならばいつでもカメラを回して撮るべきだ…と。それが恥ずかしい姿であっても私は、撮られても構わないとまで言い放つ。ここに彼女の作品が他の作品と一線を画す決定的な理由があったのだ。スゴイ!と思った。そして生前に彼女の作品を見ておくべきだったと後悔した。
本作は1996年当時、不倫関係にあった平野監督と彼女が北海道まで自転車旅行を敢行した記録映画『由美香』で撮影された映像を未公開シーンを含めて再構成したもの。タイトルの『監督失格』とは道中、二人が大ゲンカをした際にカメラを回していなかった平野に対して彼女が発した「監督失格だね…」という言葉からきている。言い換えればベストショットを撮るためには非情になれ!という事も意味しているわけだ。本作において平野が監督失格だったのは、林由美香の死体が襖を隔てた奥の部屋にあり、母親が号泣する最高のシチュエーションが揃ったにも関わらず、肝心のショットを撮らなかった(撮れなかった)事なんだろうな…きっと。多分、彼女は床にカメラを置いたまま回しっぱなしにしていた平野の姿を見て、そう言うだろうと観ている筆者ですら“あ〜あ、また嘲笑されるよ”と思ってしまう。それだけ林由美香の一言が強烈なインパクトを残したのだ。合い鍵を持って来て部屋に入ったものの「アタシはダメだ。怖いよ…」と言って扉の奥にある部屋に進もうとしない母。意を決して中に入った平野監督が室内で遺体を発見し「ダメだ…警察」と出て来る。その時、一緒だけ生前の林由美香が筆者の脳裏を横切る。それは決して計算されたものではないのだが膨大なテープを編集した平野監督の…やはり計算と言えるかも知れない。6年間封印してきたビデオを公開する許可を求めに平野監督が彼女の実家を訪ねた時、母親がカメラを見据えて承諾する表情が忘れられない。
やっぱりこれしかないでしょう。「監督失格だね…」平野監督はきっと、この言葉を背負いながら映画を作り続けて行くのだと思う。