クロユリ団地
恐怖の頂点は進化する。
2013年 カラー シネスコサイズ 106min 松竹配給
企画 秋元康 監督 中田秀夫 脚本 加藤淳也、三宅隆太 撮影 林淳一郎 照明 中村裕樹
美術 矢内京子 音楽 川井憲次 録音 矢野正人 音響効果 柴崎憲治
出演 前田敦子、成宮寛貴、勝村政信、西田尚美、田中奏生、高橋昌也、手塚理美
2013年5月18日(土)全国ロードショー!
(C)2013「クロユリ団地」製作委員会
1998年に“貞子”ブームを生み出した映画『リング』を発表、日本のみならず、アジア、ハリウッドで大きな話題となり、世界中を恐怖に陥れ、『ザ・リング2』ではハリウッドに、『Chatroom/チャットルーム』ではイギリスに進出した恐怖映画の巨匠・中田秀夫監督。あれから15年の歳月を経て、恐怖、悲壮、狂気、絶望、その全てが今までの作品を凌駕した、映画『クロユリ団地』で再び世界を震撼させる。日本中にあるありふれた景色でありながら、同じ形の建物が並ぶ奇妙さ、隣に誰が住み、何をしているか分からないという不気味さを併せ持つ、時代に取り残された場所・団地。不審死が続く団地に引っ越してきた女性が、隣りの部屋から響く謎の音に気付いたことから、恐怖へと巻き込まれていく。脚本は『篤姫ナンバー1』の加藤淳也と『七つまでは神のうち』の三宅隆太。数々の女優の新たなる魅力を引き出してきた中田監督が新たなヒロインに抜擢したのは、女優としての今後の活躍が期待される『苦役列車』『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の前田敦子。そして、彼女を救おうと奔走する男に、『相棒』シリーズ、『逆転裁判』『アキハバラ@DEEP』に出演の実力派俳優・成宮寛貴。究極の恐怖が今ここに、誕生する。本作は企画・製作を担った日活の創立100周年記念作品である。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
毒々しい色の花に囲まれたクロユリ団地。近隣の人々の間では出ると噂されているいわくつきの団地に家族と共に引っ越してきた明日香(前田敦子)。老朽化の進むこの団地で、13年前から謎の死が相次いでいることを彼女は知らなかった。明日香は引っ越したその夜から、隣りの部屋からの「ガリガリガリ…」という不気味な音に悩まされ続ける。ある日、目覚ましの音が鳴り続いているのを不審に思った彼女が隣室を訪ねると、老人が独りきりで死んでいるのを見つける。明日香は老人の死を防げなかった自責の念と、その日から次々と彼女を襲う恐ろしい出来事に神経をすり減らす。老人が何か伝えようとしているのではないかと考えた明日香は、隣室の遺品整理に来た特殊清掃員の笹原(成宮寛貴)の力を借りて手がかりを探そうとする。さらに、団地の公園で出会った寂しげな少年ミノルとの交流から、次々と不可解な出来事に巻き込まれてゆく。
今にも取り壊されそうな古い団地に寄生するかのように咲く黒紫色の異彩を放つ黒百合がシネマスコープの画面いっぱい(やっぱりホラーはシネスコだ!)に映し出された瞬間、思わず身悶えてしまった。中田秀夫監督としては『仄暗い水の底から』より11年ぶり(敢えて『怪談』は古典として括ってカウントせず)となる久しぶりの純国産ホラーだけにおのずと期待も高まる。舞台となるのは、コンクリートの階段を挟んで鉄扉が向かい合っている老朽化した団地。戦後の高度経済成長期に次々と建設された庶民のユートピアだった場所は、長い年月をかけて、いつしか少しずつ住人がいなくなり…残された掲示板の貼り紙や壁の落書きから生活臭だけが漂う異様な雰囲気を醸し出す。『リング』以来、中田監督との名コンビ林淳一郎カメラマンによる画面構成とアングルが実にイイ。そんな画面の端々に散りばめられた禍々(まがまが)しいイメージ。あそこに何かいたよね?確信出来ないものの視界の端に異物感を覚える映像テクニックは相変わらず冴えている。
これは、初期の『女優霊』から中田監督が得意とする手法であり、敢えて対象をぼかす事で観客の恐怖は増長し、やがて独り歩きを始めるのだ。(ハリウッドホラーは何でもハッキリ見せ過ぎ)引っ越しの整理もひと段落した主人公・明日香と両親のほのぼのした語らい。そして、姉を冷やかす弟との賑やかなやり取り…典型的な家族の団欒の中に見える不自然さ。翌日、同じように訪れた朝の食卓で、ずっとつきまとっていた違和感の正体が判明した時は思わず鳥肌が立った。早々にネタばらしをして以降、中田監督の仕掛けるトリックに観客は振り回される事になる。幾つもの恐怖が断片的に主人公の周囲で起こり、物事の本質を見失わせる加藤淳也と三宅隆太による脚本の完成度の高さには脱帽せざるを得ない。
中田監督のホラーには、貞子出生の秘密に迫った『リング2』や団地内をさ迷う幼女の霊を描いた『仄暗い水の底から』のように死者と生者の悲しみがシンクロする(求め合うと言った方が正しいか)内容が多い。本作の主人公も然り…事故で家族を失った少女と、団地に取り残され独りになった少年。片方は生者、そしてもう片方は死者…両者の共通するものは、“あの日”から時が止まったままである事。少女はバス転落事故で家族を失い、自分だけ生き残った罪悪感から、事故の前日に家族全員で過ごした最後の食卓の妄想を毎朝リフレインする。劇中、「死んだ人間は、そこで時間が止まっているから何度も同じ事を繰り返す」というセリフが出てくるが、実は死者に限らず愛する者を失った生者も同じく前に進めないままだった…という種明かしは何ともやり切れない。
それにしてもAKBを卒業してから初めて主役を張った前田敦子の演技に驚かされる。度重なる異常現象に憔悴した表情や、亡くした弟の面影を少年の霊に重ね合わせる哀惜の念を浮かべる演技を自然に出来ちゃうのだから大したものだ。元々、デビュー作『あしたの私のつくり方』で孤独な少女を好演したという実績があるのだから陰のある役はお手のものか。
「霊は場所に憑くんじゃない。人の心に憑くの…」手塚里美扮す霊能者が明日香に諭すセリフ。