私の男
流氷で起きた 殺人事件 解き明かされるふたりの秘密―
2013年 カラー シネマスコープ 129min 日活配給
エグゼクティブプロデューサー 永田芳弘 監督 熊切和嘉 脚本 宇治田隆史 撮影 近藤龍人
美術 安宅紀史 装飾 山本直輝 音楽 ジム・オルーク 録音 吉田憲義 編集 堀善介 照明 藤井勇
衣裳 小里幸子 原作 桜庭一樹
出演 浅野忠信、二階堂ふみ、高良健吾、藤竜也、モロ師岡、河井青葉、山田望叶、三浦誠己
三浦貴大、広岡由里子、安藤玉恵、竹原ピストル、太賀、相楽樹、康すおん、吉本菜穂子、吉村実子
(C)2014 「私の男」製作委員会
父と娘の衝撃的な関係を描き、その刺激的なテーマと極限的な舞台設定から、映像化は不可能と言われた第138回直木賞を受賞した桜庭一樹による40万部超のベストセラー小説を、『鬼畜大宴会』で第20回ぴあフィルムフェスティバル準グランプリを受賞、『夏の終わり』『海炭市叙景』など緻密な心理描写と美しい映像表現が国内外で高く評価されている熊切和嘉監督が映画化。本作の映画化を阻んでいた流氷場での撮影をスタッフらとアイデアを駆使し、抜群のチームワークで実現に至った。広大な美しい流氷上で繰り広げられる人間ドラマは映画史上屈指の名場面となっている。地震により家族を失った少女と彼女を引き取った父とが、孤独を埋め合わせるかのように互いを求め、誰にも明かすことができない秘密を背負っていく物語を熊切監督と組むことの多い宇治田隆史が脚本を担当。父を演じるのは近年ハリウッド大作に進出する『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の浅野忠信と、父と禁断の恋に陥る娘には『ヒミズ』でヴェネチア国際映画祭最優秀新人賞に輝いた二階堂ふみが熱演している。さらに『愛のコリーダ』で世界を挑発した藤竜也が前半のキーパーソンとして物語に奥行きと深みを与えている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
1993年、奥尻島を襲った北海道南西沖地震による津波で家族を失った少女・花は遠い親戚と名乗る男・鷹野淳悟(浅野忠信)に引き取られることになった。それから数年後、中学生になった花(二階堂ふみ)と海上保安庁で働く淳悟は流氷が接岸する紋別で寄り添うように暮らしていた。地元の名士であり二人の遠縁にあたる大塩(藤竜也)は、すっと二人の生活を見守っていたのだが、ある日、淳悟と花のただならぬ関係に気づいてしまう。二人を引き離そうと画策する大塩は、淳悟の不在中に花を説得するのだったが、花は父との関係を壊そうとする大塩に敵意を剥き出しにする。いつしか花を追いかけて来た大塩は流氷の上に立っていた。淳悟は実の父親である事実を花に告げる大塩を乗せた流氷はいつしか沖へと離れていく。数日後、凍死した状態で大塩は発見されるが、葬儀が終わって間もなく淳悟と花は逃げるように町を出て行き東京で暮らし始めるのだった。やがて淳悟の元に紋別の警察官・田岡(モロ師岡)が大塩殺しの決定的な証拠品を持って訪れて来る。
向かい合う男と女…浅野忠信扮する父・淳悟と二階堂ふみ扮する娘・花。結婚式前夜、娘は隣に婚約者がいるにも関わらず、テーブルの下で自分の足を父の足に絡めるという挑発的な行為を繰り返す…そこから二人のアップ…そして暗転、エンドロール(ジム・オルークの楽曲が美しい)。この薄ら寒い結末に観終わって暫くは鳥肌がおさまらなかった。奥尻島の津波で家族を失った少女を養女として引き取る家族の愛を知らずに育った男。家族を作りたいから…と言う淳悟に対して「お前さんには家族を持つなんて無理だ」と冷たくあしらう遠縁の男・大塩(扮する藤竜也が最高の演技を見せる)。月日は流れ、やがて二人は、ひとりの男と女として互いの肉体を求め合うようになる。そんなにまでして手に入れた家族なのに、男の心に何が?
熊切和嘉監督は桜庭一樹の原作ほどには雄弁に主人公たちの心境を語ってはいない。いや…むしろ、彼等の過去や心情を言葉にする事を避けているようだ。そのおかげで主人公が奥深いところで抱える心の闇を観客は直感で感じる事が出来る。セリフが極端に少なく、観客に分からせようとしていないのが宇治田隆史の脚本のすごいところだ。中学生となった花と淳悟が関係を持つのも唐突で、そこに至るまで二人が過ごした生活の中で培った心情の積み重ねは想像するしかない。しかし、それが良かった。セリフの行間を映像で埋めて、分からないところは敢えて分からないままにしておく…あぁ、熊切監督の割り切った演出の妙には、いつもながら感服せずにはいられない。
熊切監督の前作『海炭市叙景』や『夏の終り』でも感じたが、本作でもむせ返るような生活臭漂う映像は主人公たちの心情を如実に表しているのは、相変わらず上手いなぁ、と感心させられる。そう言えば、この生活臭…今村昌平監督の『復讐するは我にあり』でも感じた。かつて今村監督は小津安二郎監督から「何故、ウジ虫のような人間ばかり描くのか?」と言われたそうだが、そのウジ虫と称される人間たちの奥底から滲み出てくる生命力を描き出すのは、どうやら熊切監督の真骨頂となったようだ。
本作の目玉となる前半の舞台となる紋別の海岸に接岸する流氷の場面…神々しく格調高い一面氷の世界を35mmフィルムで撮影(間違いなく近藤龍人カメラマンの代表作となるであろう)する事にこだわった熊切監督の思惑は大成功を収めていた。原作でも核となる重要なシークエンスだけに、圧倒的な自然を背景にしなくては、二階堂ふみと藤竜也の壮絶な演技を受け止めることは不可能だっただろう。父娘のただならぬ関係を見てしまった大塩が「あんな男に家族なんて無理なんだよ」と花から淳悟を引き離そうと説得するうちにいつしか流氷の上に立つ二人。正に緩急自在の表現通り大塩の言葉から逃げるように一言も発しない花が遂に口を開く絶叫にも似た「アレが本当のお父さんなんでしょ!」と言う告白に我々観客は凍りついてしまう。演技力の高さは承知してはいたものの、この場面での二階堂ふみは群を抜いており、この先彼女は女優としてどこまで行くのか、楽しみでもあり、末恐ろしくもある。
「そんなの知ってるよ!あれが本当のお父さんなんでしょ!体中がそう言ってるもん!」流氷の上で花が既に知っていた真実を叫ぶ。