奇跡
九州新幹線「さくら」開業。一番列車がすれ違う時奇跡が起きる。そんな噂がすべての始まりだった。
2011年 カラー ビスタサイズ 128min ギャガ配給
エグゼクティブプロデューサー 弓矢政法 監督、脚本、編集 是枝裕和 撮影 山崎裕 音楽 くるり
美術 三ツ松けいこ 照明 尾下栄治 録音 弦巻裕 装飾 松尾文子 スタイリスト 小林身和子
出演 前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄
樹木希林、橋爪功、磯邊蓮登、林凌雅、永吉星之介、内田伽羅、橋本環奈、高橋長英、りりィ
(C) 2011 「奇跡」製作委員会
離れて暮らす家族の絆を取り戻すため、奇跡を信じた子供たちと、彼らを見守り、翻弄され、癒されてゆく大人たちの想いを描いた、感動エンターテイメントが誕生。『誰も知らない』『歩いても 歩いても』是枝裕和監督×新幹線“奇跡”のプロジェクトが走りだす。2004年、カンヌが沸いた。是枝裕和監督作『誰も知らない』主演の柳楽優弥が、史上最年少にして日本人として始めてカンヌ国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞したのだ。あれから6年。新作が発表されるたびに世界中から注目を浴びる映像作家・是枝裕和が、自身も父となり満を持して描いたのが、子供を主人公にした感動エンターテイメントだ。今まで人が生きることの悲しみを鋭く見つめてきた監督が、本作では一転、“子供の輝き”をフィルムに捉えた。新幹線に想いを乗せ、いままでにない感動エンターテイメントが走りだす。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
離婚した両親が仲直りし、ふたたび家族4人で暮らす日を夢みる航一(前田航基)。母親と祖父母と鹿児島で暮らしながら、福岡で父親と暮らす弟龍之介(前田旺志郎)と連絡をとっては、家族を元通りにする方法に頭を悩ませていた。一方、彼らが暮らす鹿児島や博多は九州新幹線全線開通で沸きに沸いていた。開業式の日、博多から南下する「つばめ」と鹿児島から北上する「さくら」、二つの新幹線の一番列車が行き交う瞬間に奇跡が起こる。そんな噂を聞きつけた航一と龍之介は、まさに「奇跡」を起こすための壮大で無謀な計画を立て始める。その計画は、航一、龍之介とその友達だけでなく、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんから、おじいちゃんの友達、友達のお母さん、学校の先生、見ず知らずの老夫婦にいたるまで、様々な人々に「奇跡」を起こしていくのだった。もう一度家族を取り戻すため、奇跡を信じた少年たち。彼らが巻き起こした奇跡。航一と龍之介に果たして「奇跡」は起きるのだろうか?
ベランダから仏頂面で黒煙を上げる桜島を見つめる前田航基扮する主人公・航一。両親が離婚して母親の実家である鹿児島に不本意ながら越して来た彼は毎日降り注ぐ火山灰を掃除することに憤りを感じている。「意味分からん…何で皆平気なん?噴火してんのに」タイトルが出るまで5分たらずの冒頭に、すっかり心を鷲掴みされてしまった是枝裕和監督の語り口。さすがとしか言いようがない。片や父親と暮らす福岡で生活を謳歌している前田旺志郎扮する弟・龍之介の対比…上手いなぁ。兄はもう一度家族4人で暮らしたいと願い、弟は喧嘩の絶えなかった暮らしには戻りたくないと思う。だけど…そんなこと大好きなお兄ちゃんに言えるはずもなく、弟は甲斐甲斐しくも兄に同調する。開通した九州新幹線の一番列車の上下線が交差する際に発するエネルギーによって奇跡が起こる…という噂話を信じた兄弟が熊本県新八代付近にあるポイントで落ち合う計画を立てる。JR九州のバックアップで製作されながらも肝心の新幹線に乗る場面は無く、親に内緒で新幹線を見にいく子供たちの冒険が面白い。
それにしても今どきの子供たちにありがちな立ち振る舞いを切り取る是枝監督の感性には敬服してしまう。純粋で無邪気と言えば聞こえがイイが、自我が確立する小学生も高学年ともなると、可愛いというよりむしろクソ生意気なガキ共なのだが、側から見ると何て愛おしいのだろう。お父さんについて作文を書く宿題を出す教師が、航一に向かって発した心ない言動(決してそうではないのだが)に、クラスの女子が航一を励ますつもりで言う「帰ったらうちの親に言って、あいつクビにするから…」あははっそんなこと出来ないって…と、つい微笑んでしまいつつ、子供の頃に似たような事を言ってたなと懐かしさを覚える。中でも航一の親友が憧れを抱いている女教師が止めている自転車のベルに鼻を近づけてそっと嗅ぐ仕草に、フランソワ・トリュフォー監督初期の短編『あこがれ』を彷彿とさせる。
桜島が大噴火して鹿児島が壊滅すれば再び家族が一緒に暮らせると、そんな奇跡を願う航一に親友は尋ねる「そしたら俺たちは、どうなるの?」航一にとって天変地異より重要なものは家族…だったのだが、いざ新幹線が交差する時に航一は「世界平和の方を選んだんや」と、願いを口にしなかった少年の成長記となっている点も実に清々しい。
「仕分けって何?」と尋ねる息子に「無駄やから止めてまえ、いうことやろ」と説明する父の答えに返す息子の一言…「父ちゃんも母ちゃんに一緒の事、言われとったな」