永い言い訳
妻が死んだ。これぽっちも泣けなかった。そこから愛しはじめた。

2016年 カラー ビスタサイズ 123min アスミック・エース配給
企画プロデューサー 平野隆、下田淳行 監督、脚本、原作 西川美和 撮影 山崎裕
音楽 中西俊博、加藤みちあき 照明 山本浩資 美術 三ツ松けいこ 録音 白取貢 編集 宮島竜治
出演 本木雅弘、竹原ピストル 、深津絵里、藤田健心、白鳥玉季、堀内敬子、池松壮亮、黒木華
山田真歩、松岡依都美、岩井秀人、康すおん、戸次重幸、淵上泰史、ジジ・ぶぅ、小林勝也

(C)2016「永い言い訳」製作委員会


 『おくりびと』以来7年ぶりに主人公・幸夫を演じるのは、『日本のいちばん長い日』で賞レースを席巻した本木雅弘。イメージを大きく覆す新境地に挑み、歪んだ自意識とコンプレックスに溺れるタレント小説家を人間味たっぷりのチャーミングな人物に見事に昇華させた。陽一にはミュージシャンの竹原ピストルを抜擢、幸夫の妻に深津絵里、さらに池松壮亮、黒木華、山田真歩など贅沢な共演陣が、緊張感と豊かさをスクリーンに焼き付ける。約1年の撮影期間を経て成長を遂げていく子役たちの予測不能な演技にも魅了される。原作・脚本・監督を手掛けたのは、『ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』に続くオリジナル脚本を書き下ろし、本作の原作で直木賞候補となった西川美和。自ら集大成と語る通り、卓抜したストーリーテリングと強烈な心理描写が研ぎすまされ、かつてない優しさと希望にあふれた、「感動作」となった。観る者は、いつしか物語に深く入り込み、主人公たちとともに悩み、迷い、そしてたしかな幸福感に涙するだろう。ひとを愛することの「素晴らしさと歯がゆさ」を描ききった。観る者すべての感情をかきみだす、かつてないラブストーリー。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(本木雅弘)は、妻(深津絵里)が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族—トラック運転手の夫・陽一(竹原ピストル)とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。保育園に通う灯と、妹の世話のため中学受験を諦めようとしていた兄の真平。子どもを持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが。


 さすが、西川美和。でも…なんで彼女は中年男性の生理が分かるの?デビュー作『蛇イチゴ』から近作『夢売るふたり』に至る全ての作品に登場する男たちの脆さに共感を通り越して痛みを覚える。そして本作…。突然のバス転落事故で妻を失った二人の男。ひとりは妻が死んだ丁度その時に自宅のリビングで不倫相手とセックスをしていた。冒頭、そのリビングで美容師の妻は夫の髪を切っている。テレビでは放送作家の夫が出演している番組が流れている。思わず、プッと吹き出す妻を鏡越しに不満そうに見ると夫はリモコンでテレビを消してしまう。それからも、やれ自分は有名人なんだから電話に出る時は名字を言うなとか、やれ編集部の人間の前では下の名前で呼ぶなとか、何かにつけて妻に突っかかる。妻はそれをのらりくらりと「えーどうして?私は貴方が有名になる前から下の名前で呼んでいるんだよ」とサラリとかわす。妻の口調から多分こんなそっけない夫の態度は日常茶飯事なのだろう事がよく判る。夫を演じる本木雅弘も妻を演じる深津絵里も上手い。
 では、男は妻を愛していないのか?答えはNOだ。この冒頭シーンから妻の死を知らされるまで、私は森田芳光監督晩年の名作『今度は愛妻家』を思い出していた。両作品の男はどちらも浮気をしている。そして浮気をしながら妻に依存し切っている。なのに妻は不平不満を言わず、ぶっきらぼうな夫の言動をニコニコしながら軽くやり過ごす。そして、薬師丸ひろ子演じる妻は旅先の沖縄で自動車事故で亡くなるのだが、豊川悦司演じる夫は妻が生きているかのように生活を送る。両作品とも夫が見る最後の妻の後ろ姿が印象的であった。本木雅弘演じる夫は、妻の死後「結婚してから20年、妻以外に髪を切ってもらった事が無いんです」と言う。多分、夫の髪を触りながら鏡に映る夫の不貞なんて、とっくに妻は気づいていたのだろう。男は妻を愛していた。でも妻の死に泣けないのは、泣く資格が自分には無いと思ったからだ。泣いた瞬間に死んだ妻に対して裏切りに追い打ちをかける事になる。もしかすると、この脚本は西川美和だから書けたのかも知れない。男だったら恐怖が先に立ち、ここまで深淵に主人公を立たせられなかったであろう。
 そして、もうひとりの男。竹原ピストルが、これまた最高の演技を見せる妻を亡くした夫だ。元木とは対照的にコッチはワンワン泣く。妻がバスに乗る前、メッセージを残した携帯の留守電を仕事先で再生しては涙を流す。対する元木は最後に妻が打ったであろう未送信メールに激怒して遺品であるスマホを壊してしまう(やり場のない怒りは痛いほど分かるなぁ)。男には二人の子供がいる。絵に描いたような幸せ家族…毎年、海辺でパラソルを開いて波打ち際で遊んだ過去と、その日と変わらずに波打ち際で遊ぶ現在の子供たちの姿を見てその狭間でも男は涙する。ここで元木が子供たちに「お父さん、また泣いてるよ」と言う場面が泣かせる。それは「あーあ…」と、呆れながらも手を止める事なく後片づけを続ける子供たちの姿だ。後半の元木の台詞にもあるが、確実に子供たちは前に進んでいるのである。
 妻の死後、元木の部屋が散らかってくる様子と伸びたまま放置される髪の毛で、彼の心情を見せるのが上手いなぁと西川監督の演出に感心させられた。また、冒頭数分だけの出演ながらもラストまで存在感をスクリーンに焼き付ける深津絵里に改めて感服させられる。ボウボウに伸びた髪を切りに初めて妻が働いていた美容室に行くラストに胸が熱くなる。

「先生…奥さん死んでから、ちゃんと泣きましたか?」池松壮亮演じる主人公のエージェントが言うこのセリフにハッとさせられる。

【西川美和監督作品】

平成15年(2003)
蛇イチゴ

平成16年(2004)
female「女神のかかと」

平成17年(2005)
サンクチュアリ

平成18年(2006)
星影のワルツ
ゆれる

平成21年(2009)
ディア・ドクター

平成24年(2012)
夢売るふたり

平成28年(2016)
永い言い訳




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