光
あなたと見つめる今日が、こんなにも、いとしい。
2017年 カラー シネマスコープ 101min キノフィルムズ、木下グループ配給
監督、脚本、編集 河直美 プロデューサー 澤田正道、武部由実子 製作統括 木下直哉
撮影 百々新 照明 太田康裕 録音 Roman Dymny 美術 塩川節子 編集 Tina Baz
サウンドデザイン Olivier Goinard 衣裳 渡部祥子
出演 永瀬正敏、水崎綾女、神野三鈴、小市慢太郎、早織、大塚千弘、大西信満、白川和子、藤竜也
2017年5月27日(土)新宿バルト9、梅田ブルク7ほか全国公開中!
(C)2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE
生きることの意味を問いかけ、カンヌ国際映画祭他、世界中から大絶賛をされた『あん』。河監督と永瀬正敏のダッグが、ヒロインに水崎綾女をむかえて次に届けるのは、人生で多くのものを失っても、大切な誰かと一緒なら、きっと前を向けると信じさせてくれるラブストーリー。また、視覚障害者が映画を観賞する際の音声ガイドにも焦点をあてた本作は、世界中の映画ファンに歓喜と感動をもたらしてくれる。 1997年に『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭新人監督賞カメラドールを受賞し、2007年の『殯の森』では同映画祭で審査員特別大賞グランプリを受賞した河監督。10年の節目をむかえる2017年に ふさわしい感動作が、ここに誕生した。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
単調な日々を送っていた美佐子(水崎綾女)は、とある仕事をきっかけに、弱視の天才カメラマン・雅哉(永瀬正敏)と出逢う。美佐子は雅哉の無愛想な態度に苛立ちながらも、彼が過去に撮影した夕日の写真に心を突き動かされ、いつかこの場所に連れて行って欲しいと願うようになる。命よりも大事なカメラを前にしながら、次第に視力を奪われてゆく雅哉。彼の葛藤を見つめるうちに、美佐子の中の何かが変わりはじめる。
河瀬直美監督の『光』を感慨深く観た。まず大きく惹かれたのは、視覚障害が進行しているカメラマンが主人公という点だ。カメラマンという職業は、視覚がなくては成り立たないだけに、目が見えなくなる事への恐怖は計り知れないものがある。今まで当たり前のようにあったものが失う恐怖や喪失感はいくばくのものか?かく言う私もデザイン業界に身を置く以上、この映画のカメラマンは他人事ではない。いずれ失明する病いを宣告された主人公の心境を描いた作品に、磯村一路監督の『解夏』(平成15年)が記憶に新しい。しかし、河瀬監督は視覚を失う主人公の心情だけではなく、彼を取り巻く日常を切り取る事で、周囲の無理解や誤解も描く。
会議室のような場所で数人の男女が、水崎綾女演じる映画の音声ガイドに聴き入っているシーンからこの映画は始まる。彼らは視覚障害者で音声ガイドのモニターであり、映画が終わると、ひとつひとつガイドの内容について感想を述べていく。ここの発音が聴き取れなかったとか、こういった表現は耳慣れないとか…。健常者ですら知らない単語をつい入れてしまったガイド制作者の行為に、映像を言葉に置き換える難しさを改めて感じる。彼女がショックを受けるのは、一番最後の永瀬正敏演じるカメラマンが、「アンタの主観をガイドの中に入れるのは押し付けがましい」というひと言。他人が作った作品に対してどこまでガイドを入れるべきか悩む彼女の姿は当然、我々観客の姿であり、彼女の誤解がそのまま私たちの誤解でもある。カメラマンの言葉にショックを受けて落ち込む彼女に、神野三鈴演じる上司の「視覚障害者の想像力を甘く見ちゃダメよ」という言葉にある映画館主の言葉を思い出した。
今年の春先に、東京の田端にある『シネマ・チュプキ・タバタ』という客席20席程の小さな映画館を取材した。その映画館は目が見えない人が映画を楽しめるよう全席にイヤホンジャックとコントローラーが付いている完全バリアフリーとなっており、劇中で水崎綾女が言われた言葉と、こちらの映画館主さんの取材の中で出た言葉がオーバーラップした。「視覚に障害がある人たちは、耳に意識を集中して聴くから、私たちが分かっていない広い世界を知っている」考えれば、目の見える健常者が映画を観るとスクリーンサイズの世界でしかないのに対して、目が見えない人たちが音声ガイドから想像出来る映画の世界は、スクリーンサイズを遥かに超えて、360度どころか、映画の世界に入り込んで主人公の隣りに身を置く事も出来るのだ。そう考えると健常者の世界って何なのか?と思う。だから音声ガイド制作者が余計な主観を入れる事は、彼ら視覚障害者にとって、迷惑というのもよく理解出来る。
劇中ドキッとする場面がある。カメラマン仲間と久しぶりに酒を飲むところで、「僕が見えなくなったら気がおかしくなりますよ」と、仲間の一人が言う。残酷なセリフだが、多分、それは誰もが思う真意だろう。誤解を恐れずに言うならば、正直言って自分も見えなくなったら終わりだ…そう思っているし、どのように生きて行けば良いのか想像出来ない。だから音声ガイドの制作者もやがては視力を完全に失うであろうカメラマンに「一番大切なものを捨てなきゃいけないなんて辛すぎる」と言ったのだ。果たして、そうなのだろうか?この映画を観進めていくうちに分からなくなる。そして、ラスト…完成した映画の完成披露試写会。カメラマンから文句を言われた箇所を作り直した音声ガイド(声だけの出演の樹木希林のガイドが素晴らしい!)で、この映画も劇中の映画も終わる。彼女が選んだその言葉に…泣いた。
「ここにいると、色んな音が聴こえるね」実家の縁側で水崎綾女が、今まで気にしなかった自然の音に耳を傾ける。世界は音に溢れているのだ。