男はつらいよ 望郷篇
水の流れと人の世は―惚れたと一言いっておくんなさい。ホラ江戸川も泣いてらあ。

1970年 カラー シネマスコープ 88min 松竹(大船撮影所)
製作 小角恒雄 企画 高島幸夫、小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 宮崎晃 撮影 高羽哲夫
音楽 山本直純 美術 佐藤公信 録音 小尾幸魚 照明 内田喜夫 編集 石井巌 装置 小島勝男
出演 渥美清、倍賞千恵子、森川信、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、佐藤蛾次郎、津坂匡章
長山藍子、井川比佐志、松山省二、杉山とく子、木田三千雄、谷村昌彦、松村達雄


 第2作『続男はつらいよ』以来、山田洋次監督としては3作目となる本作。テキ屋の哀れな末路と父子の確執を描いた重厚な前半と気質となって労働する大切さに寅さんが気づく後半の2つの大きなテーマの中で物語が進行して行く。父子の問題は山田作品の大きなテーマとして数多く取り上げられて来ているが、本作においても寅さんが、自分の行く末を案じるキッカケとなる重要なポイントとなっている。テレビシリーズで、さくら役を演じた長山藍子がマドンナとして美しい美容師役で登場。彼女の母親を演じた杉山とく子もテレビではおばちゃん役、そしてマドンナと結婚して寅さんが失恋する原因となる恋人役をテレビで博役だった井川比佐志が演じている等、オリジナルに対する楽屋ネタが満載となっており、テレビシリーズの同窓会的な楽しみ方が出来る。また山田監督はマドンナ像を本作より一変させて高嶺の花のお嬢様から庶民的な女性像とすることで、寅さんの成長や挫折を流動的に描くことに成功している。主要なスタッフ及びキャストは前回のまま。後においちゃんとなる松村達雄が医者役で初出演しているのも興味深い。


  寅さん(渥美清)は旅先で、おいちゃん(森川信)が病気で倒れる夢を見てそのことが気にかかり、故郷の葛飾・柴又に帰ってくる。暑さのために、グッタリして、横になっているおいちゃんを見た寅さんは「やっばりあの夢はほんとうだった」と手まわしよろしく帝釈天の御前様はじめ近所の人や、葬儀屋まで集めてしまう。生き仏にされてしまったおいちゃんと寅さんは口論の末、大喧嘩となってしまった。そこへ舎弟登(津坂匡章)が、昔世話になった札幌の竜岡親分が重病で、寅さんに逢いたがっていることを知らせに訪ねてくる。札幌に向かった寅さんが病院についてみると、親分は今にも枯れはててしまいそうな老人と変っており、最後の願いとして二十年前、捨てた息子を探がしてくれるよう頼むのだった。やっとの思いで居場所をつきとめた息子澄雄(松山省二)は「二十年もほったらかしておいて今さら親子などと虫のいいことを言うな」といい、親分は願いが叶うこと無く息を引きとる。このことが原因で寅さんはやくざ稼業から足を洗うことを決意し、地道に額に汗して働こうと、心に誓った寅さんは浦安の町の豆腐屋に住み込みで働くようになる。この店は、母親のとみと娘の節子(長山藍子)の二人暮しだが、寅さんの働きぶりに二人ともすっかり感心し、次第に心を許すようになってくる。ところがいつの間にか寅さんの節子に対する片想いが始まるが結局、節子の恋人木村(井川比佐志)の出現によって、寅さんは失恋し、また本業のテキ屋稼業に戻ってしまう。


 本作における寅次郎のテーマは地道に働く大切さを学ぶ事。その日暮らしの浮き草稼業と本人も常々言うとおり、昔世話になったテキ屋の親分のあまりに惨めで寂しい最後を看取り、現在の生活に疑問を持つ。シリーズ5作目にして、自分の行く末に不安を感じ、人生の岐路に立った寅次郎が、初めて自分自身を見つめる。それまでは、どんなにハチャメチャをやって他人様に迷惑をかけようとも自分の生き方そのものに対して反省する事はなかった。前半、いつもの通り柴又に戻った寅次郎は裏の印刷所を冷やかしにいく。汗水たらして働く彼らを“職工のくせに”とバカにしていた寅次郎に対して、周囲の怒りが爆発するのも本作からだ。思えば、1作目、さくらに惚れた博に対して“職工”だからと反対していた。しかし、心の奥底で労働者たちを認めている事は確かで、悪態をつくのは仲間に入れない悪ガキが、難癖をつけるようなものだ。“渡世の義理”とか“男の面子”とかに、こだわる寅次郎に対して、さくらが真剣に怒るシーンがあるのも本作くらいだ。恩義がある親分を見舞うため、北海道に飛んだ寅次郎は、親分の一人息子に父親が危篤である事を告げるのだが息子は会おうとはしない。母を捨て女郎に暴力を振るっていたヤクザな父親を息子はとっくに見限っていたのだ。蒸気機関車の運転手をしている息子を演じた松山省二の演技が素晴らしく、ヤクザな父に対する思いを語るシーンは印象に残る名シーンだ。
 そんな真面目に汗と油にまみれて働く事の大切さに目覚めた寅次郎を柴又界隈の店がおいそれと雇ってくれるはずもなく、職探しに転々とする姿が可笑しくもあり、切なくもある。それまで、勤労について熱く語っていた寅次郎が落胆する様が面白いのだが、山田洋次監督は、しっかりと社会の厳しさも描いており、松竹お家芸である庶民派喜劇の様相を色濃く出ている作品となった。と言うわけで本作においては、マドンナとの恋物語はサブ的要素に回っている。どこからも就職を断られた寅次郎が江戸川に浮かぶ小舟でふて寝していると、係留していた綱が外れて、流れついたのが浦安のマドンナの元だったという展開がメルヘンチックで実にイイ。江戸川をゆらゆら寅次郎を乗せた小舟が下って行く映像は、何とも微笑ましく、世間の苦労をよそ目にお気楽な寅次郎そのものを象徴していた。テレビ版でさくらを演じていた長山藍子が本作ではマドンナで、博を演じていた井川比左志がマドンナの結婚相手…と、かなりオリジナル版を意識したキャスティングが面白い。さくらと並んで歩いている寅次郎がすれ違った井川比左志の事を「お前の亭主にソックリだ」という楽屋落ちのセリフもあるなど往年のファンにはたまらない逸品である。ちなみに、マドンナの母親を演じた杉山とく子はテレビ版では、おばちゃん役だった。倍賞千恵子が寅次郎が厄介になっている挨拶に訪ねてきたシーンは新旧さくら競演が見物であった。

「いいか、人間…額に汗して油にまみれて地道に暮らさなきゃいけねぇ。そこに早く気がつかなきゃいけねぇんだ」テキ屋稼業の行く末を憂いだ寅さんのセリフ。まさに本作のテーマがここにある。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-505 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋
男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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