男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け
ほら、見なよ。あの雲が誘うのよ。ただそれだけのことよ。

1976年 カラー シネマスコープ 109min 松竹(大船撮影所)
製作 名島徹 企画 高島幸夫、小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆 
撮影 高羽哲夫 音楽 山本直純 美術 出川三男 録音 中村寛 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、下条正巳、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、佐藤蛾次郎
太地喜和子、宇野重吉、寺尾聰、佐野浅夫、大滝秀治、岡田嘉子、桜井センリ、久米明、中村はやと


 前年に“ブルーリボン特別賞”をはじめ、“毎日映画コンクール”など数々の賞に輝き、この作品こそ『男はつらいよ』の新たな出発点であると語っている山田洋次監督は、マドンナの芸者・ぼたんに文学座の若手実力派女優であった大地喜和子を迎え、見事、本作において“キネマ旬報助演女優賞”を受賞している。また、寅次郎が翻弄される老画伯・池ノ内青観に劇団民藝の名優・宇野重吉が扮し、その飄々とした演技で作品に厚みを与えている。そして、青観の初恋の相手に長らくソ連で暮していた岡田嘉子が特別ゲストとして、久しぶりに日本映画に復帰。彼女にとって39年ぶりの純粋な日本映画出演となった。本作は落語の語り口を存分に活かしており、随所に新しい試みも窺える。ロケ地として、美しい山々に囲まれた城下町・兵庫県の竜野を舞台にしている。本作が公開された年はロッキード事件で田中角栄首相が逮捕されるなど、金の絡んだ黒い話題が世間を騒がせており、作中でもぼたんが200万円を騙しとられるという世相も反映している。本作は“キネマ旬報ベストテン第二位”にランクインされるなどシリーズ最高の評価を受けている。


 寅の妹さくらの一人息子・満男の新入学の日、久し振りに寅次郎(渥美清)が、旅から帰って来た。ところが、さくらは、満男の入学式で満男が寅の甥である事で父兄が大笑いしたため肩を落として帰って来た。寅はそれを聞いて怒り、家を飛び出した。その夜、寅は場末の酒場でウサンくさい老人(宇野重吉)と知り合い、意気投合して、とらやに連れて来た。翌朝、この老人はぜいたく三昧で、食事にも色々注文をつけて、おばちゃんを困らせる。そこで寅は老人に注意すると、旅館だと思っていた老人は、お世話になったお礼に、と一枚の紙にサラサラと絵を描き、これを神田の古本屋に持っていけば金になる、といって寅に渡した。半信半疑の寅だったが、驚いた事に7万円もの大金で売れてしまう。この老人こそ、日本画壇の第一人者・池ノ内青観だったのだ。それから数日後、兵庫県・竜野。青観が生まれ故郷の竜野へ市の招待で来た時、偶然、寅と会った。市の役人は、二人を料亭で大歓迎し、そこで美人芸者のぼたん(太地喜和子)と出逢う。やがて、寅は青観と共に竜野を発った。夏が来て、とらやにぼたんが寅を訪ねて来た。ぼたんは、苦労して貯めた200万円をある男に貸したまま逃げられ、その男が東京にいるのをつきとめたので会いに来たのだった。寅は青観に事情を話して、絵を描いて貰って金にしようとしたのだが「金のために絵を描くことはできない」とはねつけられたため、大憤慨して青観の家を飛び出してしまった。ふたたび竜野のぼたんを訪れた寅は、ぼたんのところに青観の絵が届けられていたのを知ると、東京の方角へ向かって手を合わし、青観に感謝の言葉をくり返すのだった。


 シリーズ最高傑作の呼び名も高い本作は、寅次郎の恋愛と孤独な日本画家との交流といった二本柱で描いている。本作のマドンナ龍野芸者ぼたんを演じる大地喜和子は、あっけらかんとした彼女持ち前の明るさで、今までのマドンナとは違う魅力を振りまいている。だからというわけではないが、本作における寅さんは彼女に対して、珍しく恋愛感情というよりも仲間意識を持っているようだ。よく寅さんは「素人衆は…」という言葉をさくらや、とらやの人間に対して口にするが、芸者のぼたん(浅丘ルリ子演じたキャバレーの歌手リリーもそうだが)は逆に寅さんと同じ世界の人間「玄人衆」という位置付けになるのだろう。彼女がなけなしの貯金を詐欺同然に騙し取られた時も、寅さんは同じ仲間として、こすっからいインテリに対して怒りを露わにする。もしかすると、ぼたんの方が寅さんに対して恋愛に近い感情を抱いていたかも知れないが、それは最後まで明確にされないままエンディングを迎える。お金を騙し取られたぼたんのために日本画の巨匠に絵を描いてくれと頼みこんだ寅さんに、一度は首を横に振った巨匠は最終的にぼたんへ1枚の絵を送る。それを見た寅さんは、ぼたんそっちのけで龍野の町から東京の巨匠の方角に向かって深々と頭を下げるのだ。それを横で不思議そうに眺めるぼたん…二人の姿を俯瞰から捉えるカットで終わる本作はシリーズ屈指の気持ちの良いエンディングとなった。このラストを見る限り、寅さんの感情はぼたんから巨匠の大きさに向かってしまい、そうなってくると寅さんの性格上、何故か関わった女性とは縁遠くなってしまう。多分、自分は何も出来なかったにも関わらず、他の人間が助けてくれると、自分がそれに便乗して幸せになってはいけないのだ…と思ってしまうのかも知れない。
 マドンナの話はこれぐらいにして…もうひとつの物語の主役となる人間国宝の日本画家・青観を演じる宇野重吉は、素晴らしいバイプレイヤーぶりを発揮。無口ながらも存在感たっぷりの飄々とした演技は、がさつな寅さんと対照的で、画面上での二人のコントラストが絶妙で、同じフレームインしただけで、最高に笑えるのである。無銭飲食で警察沙汰になりそうだったしょぼくれたお爺さん(青観)を助けた寅さん。身寄りがない貧乏人と思いとらやに泊めてやるも、図々しく居座ってしまう。ここで、とらやの人間たちが寅さん以外にカリカリする珍しい光景を楽しむ事が出来る。お世話になっていながら勝手な振る舞いをする青観を寅さんが説教すると、実はとらやを旅館だと思っていた…「道理で、あのおばさんは中居さんの割に態度が悪かったわけだ」と言う下りも最高だ。中でも秀逸なのは、そのお礼にと、画用紙に簡単な水墨画を描いて、青観の促されるままに、寅さんが神田の古本屋へその画を持って行くシーンだ。ただの爺さんが描いた落書きだと思っていた寅さんと大滝秀治演じる古本屋の店主のやり取り。最初は偽物だと疑っていた店主の顔色が変わり、その画が7万円で売れてしまい寅さんが慌てふためき家に帰るまでは大爆笑の連続だ。とらやの人たちもそこで初めて老人の正体を知り、愕然となる。こうしたファンタジー性溢れた設定が本作の魅力であり、その後旅先で再び寅さんと青観が再会して更に信頼関係が増すあたりは、まさに現代のお伽話だ。

「鰻なんてものはな…我々額に汗して働いている人間たちが、月に一度かふた月に一度、何かこう、おめでたい事でもあった時に“さ、今日はひとつ鰻でも食べようか”って言って大騒ぎして食うものなんだ」最初、青観を厚かましい老人と思っていたおいちゃんが、説教する時に言ったセリフ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-517 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋
男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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