BECK
本当に平凡な人生だった…あの男に出会うまでは。
2010年 カラー シネマスコープサイズ 144min 松竹、日本テレビ
企画、プロデューサー 吉田繁曉 監督 堤幸彦 脚本 大石哲也 撮影 唐沢悟 美術 相馬直樹
音楽 GRAND FUNK inc. 編集 伊藤伸行 照明 木村匡博 録音 鴇田満男 原作 ハロルド作石
出演 水嶋ヒロ、佐藤健、桐谷健太、忽那汐里、中村蒼、向井理、カンニング竹山、中村獅童
松下由樹、竹中直人、倉内沙莉、もたいまさこ、品川祐、有吉弘行
ハロルド作石著書“BECK(ベック)”は、1999年から2008年まで月刊少年マガジン(講談社刊)にて連載された。単行本全34巻。累計発行部数が累計1500万部に及ぶ大ヒット!第26回講談社漫画賞少年部門受賞作品である。この最強漫画を数多くのPVを手掛け『20世紀少年』三部作の記憶も新しい堤幸彦監督がメガホンを取り、平凡な高校生が天才ギタリストと出会ってバンドを結成、音楽を通じて成長していく姿を描く。出演は、今最も人気のある『ドロップ』の水嶋ヒロ、NHK大河ドラマ“竜馬伝”の佐藤健、『ソラニン』『オカンの嫁入り』と出演作が続く桐谷健太、『ハナミズキ』の向井理、舞台やテレビで活躍する中村蒼ら若手男性陣と成長著しい注目若手女優、『ちょんまげぷりん』の忽那汐里の豪華メンバーがそろった。漫画では聴けない音楽にも徹底的にこだわり、オープニングとエンディングテーマにレッド・ホット・チリペッパーズとオアシスの曲を使用するなど音楽ファンにはたまらない本格的音楽映画となった。また、劇中使用するギターやクライマックスのロックフェスティバルで販売されているグッズなど細部にまでこだわりを見せている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
平凡な毎日を送るごく普通の高校生コユキ(佐藤健)が偶然にもNY帰りの天才ギタリスト南竜介(水嶋ヒロ)と出会うところから話しは始まる。竜介は、才能溢れるメンバー千葉(桐谷健太)、平(向井理)を誘い、バンドを結成。 さらに竜介は、強引にコユキとサク(中村蒼)という若いメンバーを加えてバンド・BECKとしての活動を始める。その中でコユキはギター練習、バンド活動へ没頭していき、いつしか天性の才能を開花させていく。さらに、コユキは、もっとも自分の才能を評価しまた、応援してくれている竜介の妹・真帆に淡い恋心を抱いていくのだった。個性あふれるメンバーによって結成されたBECKは、小規模ながらもライブ活動を皮切りに、徐々に頭角を現し始め、CDデビューやライブハウスでの成功を重ねる。さらには、コユキの才能が世間に認知されるあるきっかけからも、注目度が加速!だが、ある事件をきっかけに、音楽メジャーシーンを牛耳るプロデューサーの陰謀に巻き込まれ、数々の試練にみまわれる。そんな状況下の中、飛び込んだロックフェスへの出演依頼。しかし、それはバンド存続にかかわる条件と引き換えだった。BECKの命運はいかに…。
『20世紀少年』『自虐の詩』など最近はコミックの映画化に定評がある堤幸彦監督が、またも累計発行部数1500万部を超える人気コミックに挑んだ本作。それにしても『20世紀少年』三部作を終わらせたばかりだというのに間髪入れずに本作のオファーを引き受けるなんて、堤監督はプレッシャーに快楽を覚えるマゾか?人気コミックの映画化で難しいのは思い入れの深いファンが多い事だ。ちょっとでも自分の思いと違えば、すぐ2チャンネルに書き込みをされてしまう。(まぁコミックに限らずベストセラー原作を映画化する宿命なのだが)確かに、現在の日本で一手に引き受けられる監督は堤監督しかいないであろうと思う。スケールの大きな野外フェスのクライマックスひとつとっても堤監督が持つエネルギーを感じる。(出資者や膨大なスタッフを束ねるだけでも並大抵ではないはず)その一方で、バンド仲間を集める前半部の軽快テンポは実に繊細だ。さすが“TRICKトリック”や“池袋ウエストゲートパーク”に代表されるテレビドラマのヒットメーカーならではの歯切れの良さが随所に光る。
全34巻にも及ぶ原作の中で10巻までに的を絞りクライマックスに“グレイトフル・サウンド”を持ってきた大石哲也の脚本はお見事!いつも思うのだが、長編原作を映画化するのに重要なポイントは削ぎ落とすセンスだ。どのシークエンスをカットするか…潔い脚本家の決断が問われる最初の局面ではなかろうか。その点においては、ファンが抱くキャラクターのイメージを崩す事なく2時間にまとめたものだと感心してしまう。もうひとつ…小説と違い漫画というビジュアルで見せている原作を映像化する上で重要なのはキャスティングだろう。堤監督は『20世紀少年』で原作のキャラクターに合ったキャスティングにこだわり話題になったが、本作の出演者もファンのイメージを決して裏切らない。主人公コユキを演じる佐藤健は原作のイメージ通り(あくまで筆者の私見)で、中でもステージに初めて立った時に見せる怯えていた表情が歌い始めると一転する場面はジーンときてしまう程。何と言っても、桐谷健太がダントツにイイ。前半で彼が演じる千葉のラップバトルも迫力があって、ナルホド…実写にしたらこうなるという良い実例だ。更に千葉がコユキの奇跡の歌声を直視できず慌てるシーンは笑いの中に切なさを感じる印象に残る場面となった。
そして、ここで議論となるのが音楽映画でありながらコユキの奇跡の歌声が全編を通してオブラートにくるまれた事だ。少なくとも筆者が目にした批評欄では、どの評論家も否定的な意見を述べている。果たしてそうなのだろうか?少なくともコミックファンで観に来ている観客は、どこかとタイアップされたような曲を聞きたいのだろうか…という事だ。実際、原作でも歌詞や楽譜みたいな要素は一切省かれている。なのに大ヒットを記録する発行部数となっているのは、ファンはそれを求めていないという事だ。むしろ、大切なのは人間ドラマの部分だと思う。その観点からするとコユキが練習する毎にギターが上手くなる過程が丁寧に描かれているし、自分は音楽の神に選ばれなかったと凡人として失意に陥る千葉との確執などは実に良く出来ているではないか。この物語は単なるサクセスストーリーではなくトップに登り詰める事が出来ない者の悲しみも大きなテーマとなっている事を忘れてはならない。何かの映画で言っていたが「飛べない鳥もいる」っていう現実をしっかりと描いているのが物語に深みを与えている。
「バンドはただ技術のあるヤツだけが集まりゃいいってわけじゃない。ケミストリーが大切なんだ」主人公・竜介がバンドに入りたいと言うコユキの前で仲間に語るセリフ。確かにそうだよね。