カケラ
そしてグサっと詩的に「ココロ」を炙り出す。
2009年 カラー ビスタサイズ 107min ピクチャーズデプト
プロデューサー 桃山さくら、渡邉啓子 監督、脚本 安藤モモ子 撮影 石井浩一 原作 桜沢エリカ
美術、装飾 嵩村裕司 照明 櫻井雅章 音楽 ジェームズ・イハ 編集 増永純一 録音 横野一氏工
出演 満島ひかり、中村映里子、永岡祐、光石研、根岸季衣、志茂田景樹、森岡龍、春謡漁介
大堀恵、尚玄、かたせ梨乃、津川雅彦
(C)2009ゼロ・ピクチュアズ
『長い散歩』でモントリオール映画祭で三冠を果たした奥田瑛二監督の長女、27歳の新鋭監督・安藤モモ子が洗練されたセンスと映画への並々ならぬ情熱で、桜沢エリカのコミック“ラブ・ヴァイブス”を独自の世界へと昇華させたデビュー作。ロンドン・レインダンス映画祭でワールドプレミア上映された他、数多くの映画祭で上映された。安藤監督は奥田組、行定組の助監督として映画の現場を経験してきた叩き上げの実力派監督である。この映画に息を吹き込み血を通わせているのが、『愛のむきだし』『悪人』などで観る者に衝撃を与えた注目の女優・満島ひかり。女の子の隠された内面を見事に炙り出している。そして不思議な魅力でヒロインを魅了するリコを演じるのは、数多くの応募者の中からオーディションで選ばれた中村映里子。女性に恋する女性という難しい役どころを、奇をてらう事なく堂々と演じ切った。また、実力派かたせ梨乃、津川雅彦といったベテラン陣が彼女たちを脇で支えている等、隅々まで安藤監督のこだわり抜いたキャスティングが華を添えている。音楽を手掛けたのは80年代末からオルタナティブ・ロックシーンを牽引してきたジェームス・イハ。彼の切なく胸を締め付けられるような美しい旋律が全編を包み込んでいる。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
これといって夢も目標もなく、なんとなく毎日を過ごすごく普通の大学生、ハル(満島ひかり)。恋人の了太とは心が通わず、どこか満たされない。いつも何かが欠けているような気分に陥っていたとき、カフェで見知らぬ女の子に声をかけられる。“素敵だなと思う人とすれ違うことってない?”と語りかける彼女の名前はリコ(中村映里子)。“気が向いたら電話してね”と電話番号を渡されて呆然とするハルだったが、どことなくミステリアスな雰囲気の彼女のことが気になりだす。リコの職業はメディカルアーティスト。病気や事故で身体の一部をなくした人たちの精巧なパーツを作っていた。ハルからの電話を受け、リコは大喜びで仕事を切り上げてハルをデートに連れ出す。“ホントに女の子が好きなの?” と恐る恐る尋ねるハルに、リコは答える。“私はハルちゃんだから好きなんだよ。男も女もヒトでしょ。男だ、女だって思うから苦しくなるの”。リコとの時間に安らぎを感じる一方で、了太との関係に疑問を感じてゆくハル。やがて、了太との関係をズルズル続けていたハルは、苛立ったリコと大喧嘩になってしまう。自分の気持ちのやり場を失ったハルは、了太に“会ってセックスするだけ。恋人って何?付き合うって何?”とぶちまけ、“好きな人ができた”と宣言してしまう。とはいえ、まだリコのことを愛しているとは言えないまま。近づいては遠のき、微妙に揺れ動くハルとリコの関係は一体どうなるのか?
安藤モモ子監督と満島ひかりの見事なコラボレーション。別れようとしている男に抱かれる主人公ハル。演じる満島ひかりの脇がアップになる。彼女の脇毛は処理されておらず無防備にカメラの前にさらけ出す。安藤モモコ…監督デビュー作にしてとんでもない映画を作ったものだ。安藤監督が何故このカットを入れたのか?ここが本作の重要なポイントだと思う。彼女が別れようとする男は正直言ってグローバルな視点を持ち合わせていない世の中に多いカスのような勘違い野郎だ(永岡佑の好演によって薄っぺらさが倍増している。上手い!)。一度、ヨリを戻しかけながらも彼女はその男のくだらなさに次第に冷めてゆく。「これじゃ何も変わってないじゃん!会えばヤルだけ!」と叫ぶ満島の迫力に全身の毛が逆立った。彼女の処理していない脇毛の長さが冷めた期間に比例しているかのように意味深くカメラはクローズアップするのだ。カメラはワキを舐めるようにして奥にあるテレビに映る戦争映画を捉える。凄い!この文学的で高尚な映像表現!処理をしていないまま男に抱かれる若きハルの心理をワキの下の映像で全てを言い表してしまう。このシーンに挑んだ満島も天晴れ!だが、さすが安藤監督…奥田瑛二の血統を確実に受け継いでいると見える。
本作の主人公ハルはフツウの女子大生で、外の女性と二股をかけている彼と別れられずにダラダラと肉体関係を続けている。そんな彼女の心を埋めるように入ってきたのが中村映里子演じるメディカルアーティストのリコ。彼女は自分の気持ちに素直に行動を起こす女性で喫茶店にいるハルに可愛いから…という理由で話しかけてくる。自分が好きと思った事に対しては疑問を持たないリコのセリフ全てが実に心地良く響いてくる。思った事を口にするリコによって変わっていくハル…二人がドリンクのペットボトルをキャッチボールしながら歩くシーンが印象に残る。ハルが高く投げたボトルが鳩に変わって飛び立つ描写でも安藤監督の映像センスが光る。まるで、この瞬間にハルが全ての拘束から解放されたかのような希望に満ちた美しい瞬間だった。安藤監督は中村に対して細かく指導する反面、満島には敢えて演出を一切つけない演出法を施し、精神的に苦しんだ内面から出て来る人間力を狙ったと語っている。確かに中村の発する言葉に対して満島の見せる反応は実にナチュラルだ。満島自身かなり役作りにおいて葛藤があったというが…一瞬、ドキッとさせられるような表情を浮かべる(口一杯のマシュマロを吐き出す時のイッテしまった目つきは危うさに満ちている)シーンを観ると、ナルホド…安藤監督の作戦勝ちというのを納得させられる。
リコが従事しているメディカルアート(失われたカラダのパーツを作る)という仕事が本作のテーマを象徴しており、彼女が工房(まさにその呼び名が相応しい)で、乳房を作っているシーンは艶めかしさと神聖さが同居している。こうしたイメージは女性監督じゃなければ描き出せなかったであろう。失われたパーツを作りもので埋める作業を愛情込めて全身全霊を掛けている彼女でも心の穴を埋める事は出来ないと、かたせ梨乃演じる片胸を失われた陶子に言うシーンが誠実であり切ない。リコが自分の作った付け胸を装着した陶子の乳房に顔をうずめるシーンは涙が出そうになった。
「すれ違う時に素敵だなって思う事ない?私はそれをムダにしないだけ」気持ちの良い程、自分の感情にストレートなリコのセリフ。