パレード
歪みはじめる、僕らの日常
2010年 カラー ビスタサイズ 115min ショウゲート
エグゼクティブプロデューサー 青木竹彦 監督、脚本 行定勲 撮影 福本淳 美術 山口修
照明 市川徳充 装飾 大庭信正 音楽 朝本浩文 編集 今井剛 録音 伊藤裕規 原作 吉田修一
出演 藤原竜也、香里奈、貫地谷しほり、林遣都、小出恵介、竹財輝之助、野波麻帆
中村ゆり、正名僕蔵、キムラ緑子、石橋蓮司
(C)2010映画『パレード』製作委員会
何の接点もない「外部」を持ち2LDKのマンションで共同生活を送っている5人の若者たち。現代日本の深層を浮かび上がらせた第15回山本周五郎賞に輝く吉田修一の「パレード」(幻冬舎文庫)を、発刊当時から映画化を熱望していた行定勲監督が遂に実現した。単なる群像劇ではなく、また会話が主体の集団ドラマでもない。それぞれの孤独と違和が、説明を排した描写の縁から、さざなみのように匂い立ってこなければいけない…。卓越した演技力が求められる5つのキャラクターには、映画、演劇、ドラマと縦横無尽に活躍する、いま最も注目される『カイジ』の藤原竜也、『深呼吸の必要』の香里奈、『包帯クラブ』の貫地谷しほり、『風が強く吹いている』の林遣都、『ルーキーズ』の小出恵介といった若手俳優が勢揃いした。『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』など、ヒットメーカーとしての顔となっている行定監督が『ロックンロールミシン』『きょうのできごと』に連なる「モラトリアム三部作」の完結編と本作を位置づけており、「原点回帰」の意味も持つ特別な一作としている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
4人の男女がルームシェア生活を送る都内の2LDKマンション。近所で起きた連続暴行事件のニュースを見ている大学3年生の良介(小出恵介)と、人気俳優と恋愛中のフリーター琴美(貫地谷しほり)。夜になると映画会社勤務の直輝(藤原竜也)と雑貨店で働く傍らイラストレーターとしても活動する未来(香里奈)が帰宅する。そしてリビングに集まった4人が繰り広げる恋愛相談やその日のできおと…会話が一段落すると直輝はジョギングへ、未来は寝室、琴美は恋人の俳優が主演するドラマの鑑賞、良介は片想いの相手へ告白しようと意気込むのだった。数日後、琴美は居間に佇む金髪の美少年サトル(林遣都)と出会う。2LDKに4人が暮らすことへの疑問を口にするサトルに琴美は答える。“ここはインターネットの掲示板のようなもの。イヤなら出て行けばいい“ 。サトルは、いつの間にか部屋に住み着く。だが、サトルが連続暴行事件の犯人ではないかと疑う未来に直輝は一笑に付す。ある日、直輝が目覚めると、大切にしていたビデオを消去されたことから、サトルを部屋から追い出せと、未来が怒鳴り込んでくる。リビングに出て行くと、琴美から妊娠を告白され、それを恋人の丸山に伝えて欲しいと頼まれる。良介からは、片想いの女性と付き合うことになったので、田舎に戻って働きたいと相談を受ける。直輝は、誰もが自分を頼ってくることに苛立ちを見せはじめ…。
行定勲監督がモラトリアム三部作の完結編として制作した本作。モラトリアムとはまだ社会に出る前の学生たちを称しているのが一般的だが、もうひとつ“社会に適合出来ない人間”という意味も持っている。前者は『きょうのできごと』で描かれていた学生たち。後者は本作で不自然なほど狭いマンションの一室をルームシェアする四人の男女だ。一見、あるルールに基づいて均衡を保っているように思える登場人物たちは集団で生活していながら皆“個”である。劇中、貫地谷しほり演じる琴美が「この部屋はチャットみたいなものだから…」と言うセリフが象徴しているようにリビングに集まる彼らは上辺だけの会話しかしない。同じ場所で寝起きを共にしながらも互いに何をしているのか探ろうとせず、確かにその空間はバーチャルのようだ。そこに突然、入り込んできた林遺都演じる男娼をしているサトルが、この均衡を崩すのかと思いきや、客観的に観察し調和をもたらす役目を果たしていたのが意外で面白い。
ほぼ忠実に吉田修一の原作を脚色した行定監督は、映画の中心となる狭いリビングを様々な角度から捉え、活字とは異なる映像による登場人物たちの心の闇を浮き彫りにする事に成功している。2LDKの間取りを効果的に見せるカット割りなんかアガサ・クリスティのミステリーを観ているようでドキドキする。登場人物ごとに章立てをする構成も巧みに彼らの心理を深く掘り下げており、さすがである。リビングという集合体から“個”になった時に見える各々の内なる表情はまるでトリックアートのようだ。香里奈演じるイラストレーターの未来が真夜中のリビングで部屋を真っ暗にして、一人ビデオを見るシーンがある。無表情でテレビを見入る彼女の顔のアップで眼鏡にビデオの映像が映り込む。ビデオの内容はAVのレイプシーンを編集したもので、それを真夜中とは言え皆が集まるリビングで無表情で見ている(しかも禁止されているタバコを手にしながら)。それまで男勝りのキャラだと思っていた彼女の内側に潜む闇が露呈されるシーンなのだが、それ以上に自由に出入りするリビングで住人たちが誰も知らなかったという事実が怖い。いや、ラストシーンから推測すると実は住人たちは知っていながら無関心を通していたのかも知れない。行定監督と何作もコンビを組む福本淳によるカサついたノイズのある映像と不安定に揺れ動くカメラワークが作品のテーマを見事に映像化している。ラスト近く、藤原竜也演じる直輝がずぶ濡れになって部屋に戻ると、皆は不自然なほど普通に接するのだが、その時、一瞬だけ全員の顔のピントがボケる。勿論、このピンボケは確信犯であり、そのシーンだけを取っても本作は名作だ。
限りなく室内劇に近い本作において、主要な5人の出演者に掛かる比重はかなり大きい。その点に関して言えば、全員が見事な演技を見せつけており、キャスティングは大成功だったと思う。中でも香里奈と貫地谷二人の女優陣の演技が突出して良かった。酔うと見境無くなるガサツな性格のイラストレーターを演じた香里奈は新境地に挑戦し、見事に成功。また、貫地谷に関しては間違いなく彼女の最高傑作と言っても良く、一番頼りなさそうなキャラかと思いきや、たまに見せる鋭く冷めた目つきにゾッとさせられたりする。最終的にサトルを演じた林が狭いマンションをガチャガチャと不協和音を立てながら歩き回るおかげで平面的な空間に奥深さが得られたわけだ。これは『ロックンロールミシン』で加瀬亮が演じた賢司や『贅沢な骨』で永瀬正敏が演じたアキヲを彷彿とさせる。さすが、数多くの青春群像劇を手掛けてきた行定監督らしい適材適所の配役だった。
「朝方の澄んだ空気を自分の手で汚していると思うと何か快感…」煙草をふかしながら未来がマンションのテラスで言うセリフ。彼女の日常に潜む狂気が覗かせるシーンだ。