東京オアシス
見つめてみよう、きっと誰かが見えてくる。
2011年 カラー ビスタサイズ 83min スールキートス配給
エグゼクティブプロデューサー 大島満 監督、脚本 松本佳奈、中村佳代 脚本 白木朋子
撮影 大橋仁 美術 松下祐三子 音楽 大貫妙子 編集 普嶋信一 照明 大竹均 録音 古谷正志
出演 小林聡美、加瀬亮、黒木華、原田知世、森岡龍、大島依堤亜
光石研、市川実日子、もたいまさこ
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
(C)2011 オアシス計画
東京を舞台に、ふとした日常の中での人々の出会いを優しいタッチで描く。『かもめ食堂』『めがね』『プール』『マザーウォーター』と、人と場所との関係をシンプルに見つめてきたプロジェクトが次に選んだ舞台は、私たちが日々の暮しを営む街、東京と、そこに生きる自身の姿。小さな出会いから生まれる、ふとしたふれ合いをめぐるこの物語は、二人の監督、三人の脚本家によるアンソロジー。『マザーウォーター』の松本佳奈とこれまでCMやプロモーションビデオで活躍してきた本作がデビューとなる中村佳代が共同で監督。そして、『めがね』『マザーウォーター』で主題歌を手掛けた大貫妙子が、本作では主題歌と劇中音楽を担当している。出演は『マザーウォーター』の小林聡美、『婚前特急』の加瀬亮、野田秀樹演出の舞台『表に出ろいっ!』でヒロインに抜擢された黒木華、そしてプロジェクト初参加『紙屋悦子の青春』の原田知世。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
深夜の国道。喪服の女トウコ(小林聡美)が走るトラックに向って駆け出す。だが、その様子に気づいたナガノ(加瀬亮)が彼女を救う。トウコを乗せたナガノの車は高速道路を進む。自分が女優であり、衣装を着たまま撮影現場から抜け出してきたのだというトウコの話を半信半疑で聞くナガノ。彼もまた進む道を見失っていた。やがて、車は夜明けの海岸へ辿り着く。朝もやの風景が、水平線の先を見つめるトウコの心を優しく輝かせていった。とある夜。ふと立ち寄った小さな映画館で眠り込んでしまうトウコ。目覚めると、懐かしい知り合いのキクチ(原田知世)が立っていた。キクチはかつてシナリオライターだったが、あるとき突然辞めて、今は映画館で働いていた。辞めた理由を尋ねるトウコに、仕事や自分のことを感じるままに語っていくキクチ。この頃シナリオを書いていた頃のことを思い出す、と語るキクチに、トウコはまた書いてみるよう勧めるのだった。のんびりした動物園。トウコは、空っぽのツチブタの柵の前に佇む女ヤスコ(黒木華)に声をかける。“運に見放された女”を自称するヤスコは、美術大学を目指す浪人生だったが、自分に見切りをつけるため、動物園にアルバイトの面接を受けに来たという。面接にも多分落ちただろうと肩を落とすヤスコとともに園内をゆっくり回るトウコ。鳥の柵の前で2人は、天井に縁どられた小さな空を見つめる。そして、この世界のどこかの、たった1人で歩く生きものたちの事を思う。ヤスコにまっさらなはじまりの気配を感じながら、トウコは再び軽やかに歩き出した。東京で生まれる日常の中のふとした交わり。そんな瞬間を重ねながら、トウコの歩くテンポは定まることなく移り変わってゆく。それはまるで駆けてゆくような、流れるように伸びやかな、東京という街の持つ優しいテンポである。再び歩き出したトウコの前に、見慣れたはずの街が光り揺らめくように動き始めていた。
東京にあるオアシスってどこだろう?本作のテーマは非常に漠然としており正直言って掴みどころがない。しかし、それで良かった…東京に長年住んでいる人間ほど心が安らげそうな擬似オアシスを探し求める。それは公園であったり行きつけのカフェだったり…もしかしたら、そんな分かりやすい場所じゃなく意外なところにあったりする。この映画の主人公はそんな場所を模索してさまよう女性だ。『プール』や『マザーウォーター』はその場所の居心地の良さ故か、自分の心がしっくりハマる快適な場所―ひとつ場所に止まっている人々のドラマだった。しかし、本作の主人公・小林聡美演じるトウコは何かを探しさすらい続けているような前者の映画の登場人物たちとは真逆の人間である。小林聡美の括りでいうならば『めがね』の主人公に近いかも知れない。結局、仕事に疲れた女性の行き着いた先は携帯の繋がらない小さな民宿だった。では、本作の主人公はどうなのか?実は最後まで彼女は何から逃げて何を探しているのかは明かされないまま映画は終わってしまう。女優らしい(しかも結構、顔の知れた)彼女は撮影現場から逃げ出して加瀬亮演じる野菜のデリバリーをしている青年と知り合う。だからといって二人の間に何か特別なモノが生まれるわけでもなく、それどころか加瀬の質問にせせら笑うかのように冗談ではぐらかす。そうした意味では映画的な盛り上がりは皆無と言ってよいだろう。その後、彼女の放浪の先々で出会う人々は皆同じように核心に迫る会話を交わす事もないまま過ぎ去って行く。観ていて映画に身を委ねる心地よさがパラダイス・カフェ製作&スールキートス配給作品の特長だが、本作も何も起こらない安心感が好きな人にはたまらない魅力だと思う。
珍しく車の窓から見た東京の夜景が続くオープニングにミステリアスな展開を想像する。確かに小林と加瀬のやりとりは何か取り留めがなく二人の間に漂う緊張感がミステリアスだったりする。そんな冷たいコンクリートの中にオアシスなんてあるものか?そう思った瞬間、メンタルな部分において、東京とサバンナは似ているのでは?と思えてきた。(勿論、劇中にそんな事は一言も語られていないのだが…)いや笑わないでいただきたい、サバンナに住む動物たちは水場となるサバンナにたどり着くのは死活問題である。だからオアシスには幾多の種類の動物たちが集う。東京で疲れた人々は自然と心に水を補給出来る場所に集まるのは至極当たり前の摂理ではないか?本作で主人公と出会う人々は皆どこか似ており、どことなく同じものを求めているように見える。その瞬間「東京も意外と優しいんじゃないか」って思えたりする。ひょっとして…東京のオアシスって形としてあるのではなく人と人がふれあう事で化学反応を起こして誕生するものではないだろうか。脚本家の夢を諦めた映画館の支配人や多分、動物園のバイトに落ちたであろう女の子が「ふぅ〜」と、ため息をつける空気のある場所がオアシスかも?個人的には原田知世のくだりが親近感があって好きだ。
「夜に巨大なものを見るのって、何か怖くないですか?」高速道路から外を眺めるトウコが言うセリフ。東京の夜を上手く表現していると思う。