マザーウォーター
あしたへはダイジなことだけもってゆく。
2010年 カラー ビスタサイズ 105min パラダイス・カフェ
エグゼクティブプロデューサー 奥田誠治 監督 松本佳奈 脚本 白木朋子、たかのいちこ
撮影 谷峰登 美術 富田麻友美 照明 斉藤徹 音楽 金子隆博 編集 普嶋信一 録音 古谷正志
衣装 堀越絹衣 ヘアメイク 竹下フミ エンディングテーマ 大貫妙子
出演 小林聡美、小泉今日子、加瀬亮、市川実日子、永山絢斗、光石研、もたいまさこ
田熊直太郎、伽奈
(C)2010 パセリ商会
人と場所、そんなシンプルな関係性だけで、『かもめ食堂』『めがね』『プール』という三部作を作ってきたプロジェクトが、不変な美意識の中に進化を続けていく町―京都を舞台に、健気に自分を見つめながら暮らしていく男女7人の姿を描く群像劇。監督は本作がデビューとなる『プール』『めがね』でメイキング監督を務めた松本佳奈。本プロジェクトの空気を誰よりも近くで感じ観察していただけに、ごく自然と本作の監督として迎え入れられた。撮影は谷峰登、美術は富田麻友美と本プロジェクトを担ってきたスタッフが集結。また、前作でも定評のあったシズル感溢れる料理を手掛けたフードスタイリストの飯島奈美が本作でも目にも美味しそうな料理を並べてくれる。出演は『プール』の小林聡美、『トウキョウソナタ』の小泉今日子、『めがね』の加瀬亮と市川実日子、『トイレット』のもたいまさこなどが今回もナチュラルな演技を披露している。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
街の中を流れる大きな川、そしてそこにつながるいくつもの小さな川や湧き水。そんな確かな水系を持つ、日本の古都、京都に三人の女たちが暮らし始める。ウイスキーしか置いていないバーを営むセツコ(小林聡美)、疎水沿いにコーヒーやを開くタカコ(小泉今日子)、そして、水の中から湧き出たような豆腐を作るハツミ(市川実日子)。芯で水を感じる三人の女たちに反応するように、そこに住む人たちのなかにも新しい水が流れ始める。家具工房で働くヤマノハ(加瀬亮)、銭湯の主人オトメ(光石研)、オトメの銭湯を手伝うジン(永山絢斗)、そして“散歩する人”マコト(もたいまさこ)。そんな彼らの真ん中にはいつも機嫌のいい子ども、ポプラがいた。ドコにいて、ダレといて、ナニをするのか、そして私たちはドコに行くのか…。今一番だいじなことはナンなのか、そんな人の思いが静かに強く、今、京都の川から流れ始める。
物語の流れに逆らわず映画に身をゆだねてみると、いつしか画面の中に自分が溶け込んでいるような感覚に陥る。小林聡美が出演する最近の映画は全て、そんな居心地よさがある。前作『プール』同様、本作も登場人物たちが織り成す日常のゆっくりと進む光景を楽しむ映画だ。こうしたスローライフの雰囲気を切り取った映画は“観る”というよりも“眺める”といった方が正しいかも知れない。『めがね』や『プール』の制作に関わった松本佳奈監督だけに透明感や空気感を感じさせる術はさすがに長けている。特に何か事件らしい事件も起きず(子供が転ぶ事さえ起きない)登場人物たちが交わす言葉は極端に表面的だ。でも、それが妙にリアルで逆に何気ない会話の中にドキッとする部分があったりする。敢えて登場人物たちの背景や関係を説明する事もなく、お互いに詮索しないものだから観客も分からない部分はそのまま引っ張って行くことになる。松本監督の上手いところは、観客を登場人物と同じ目線に置く事で、映画の中に引き込む事に成功しているのだ。一方で、これらの希薄とも言えるリアルな人間関係に対して登場人物たちの仕事は現実からかけ離れたところに位置している。
タイトルとなっている『マザーウォーター』とはウィスキーなどを作る際のペースとなる水の事を意味する。京都は確かに川や水路が町の一部となっている街だ。そこに生活する人々は水と共存していると言っても良いだろう。本作は水からささやかな恩恵を受けている人々を描いているだけに主人公たちの水を扱う姿が細かく丁寧に描かれている。小林聡美、市川実日子、小泉今日子(隠れた名作ドラマ“すいか”のトリオ復活)は各々、バー、豆腐屋、喫茶店と…水が重要な役割を果たす商売をしている。中でも印象に残るのは、市川扮するハツミが働く豆腐屋。冒頭、真っ白な四角い豆腐をゆらゆら揺らぐ水の中で切る彼女の手のアップから始まるのだが、何と豆腐の美味しそうな事か。客として訪れたもたいまさこ(この人もスローライフの映画には欠かせない女優さんになったなぁ)が「ここで食べてイイかしら?」と言って軒先の長椅子で食べるシーンが更に食欲をそそる。豆腐とワインには旅をさせるな…という言葉があるように鮮度が命の豆腐を店で食べるなんて…是非、全国の豆腐屋さんで取り入れてもらいたい。また、小林が経営するウィスキーしか置いていないカウンターバーが実にイイ!大きな氷をグラスに入れてそこにモルトウィスキー山崎を注ぐ。水で割る前にタンブラーで円を描くように、まずは氷とウィスキーを馴染ませる。その一連の動作の間にセリフは一言も交わさない。こうした間の作り方が松本監督はよく心得ている。耳に心地良く響く水の注がれる音や氷がグラスに当たる音…余計なBGMが無いおかげで、我々の日常は音に囲まれているのだと再認識できる。観終わって感じたのは、まるで縁側でひなたぼっこをしていたような映画だったなぁ…という事だ。そして、こうした映画が成り立つ事に時代の変化を感じた。
「自分にとってちょうどイイところ。ちょうどイイところって少しずつ変わっていく」何となく良く分かる気がする…小林聡美の言うセリフにうなずく。