指輪をはめたい
愛する人が誰なのか忘れてしまった記憶喪失男が巡る、恋のラビリンス
2011年 カラー ビスタサイズ 108min ギャガ、キノフィルムズ配給
製作総指揮 木下直哉 プロデューサー 武部由実子、平林勉 監督、脚本 岩田ユキ 原作 伊藤たかみ
音楽 加羽沢美濃 衣裳 伊藤佐智子 撮影 翁長周平 美術 井上心平 照明 柴田亮 録音 小宮元
出演 山田孝之、小西真奈美、真木よう子、池脇千鶴、二階堂ふみ、山内健司、マギー司郎、水森亜土
2011年11月19日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C)2011 Kino Films/Kinoshita Management Co.,Ltd
スケートリンクで転んで記憶を失ってしまった製薬会社の営業マン、片山輝彦(山田孝之)の鞄の中から出てきたのは婚約指輪だった!芥川賞受賞作家・伊藤たかみの原作を大胆に脚色、独特のレトロポップな世界観をちりばめ映画化したのは『檸檬のころ』で脚光をあびた、新鋭岩田ユキ監督。イラストレーターでもある監督らしく美術や衣裳のディテールにもこだわり、オルゴールのように少女たちが滑るスケートリンクのイメージや早回しの映像等を使ってレトロポップな世界観を生み出している。主人公を演じるのは『十三人の刺客』等のワイルドな役から『鴨川ホルモー』のようなコメディまで、ここ数年ふり幅の大きなキャラクターに挑戦してきた演技派・山田孝之。対する、男の理想と憧れを具現化した3人の女性に扮するのは、小西真奈美、真木よう子、池脇千鶴という豪華女優陣を迎え、また、主人公を混乱させるスケートリンクの少女を岩田監督のミュージックショート『スキマスイッチ/8ミリメートル』に続いて起用された期待の新鋭、二階堂ふみが謎めいた演技で魅了する。ファンタジックな映像と人間の滑稽さをやさしく包み込むリアルな感触が同居する一風変わったラブストーリーとなった。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
スケートリンクで転んで記憶を失ってしまった製薬会社の営業マン、片山輝彦(山田孝之)の鞄の中から出てきたのは婚約指輪だった!無くした記憶と結婚相手を探し始めた輝彦の前に、全くタイプの違う女性たちが次々と登場し彼女だと名乗る。会社の先輩でクールで完璧な才女・智恵(小西真奈美)、風俗店に勤めるセクシーでサバサバとしためぐみ(真木よう子)、公園で人形劇屋台をしている清楚で控えめな和歌子(池脇千鶴)。指輪があるからには、彼女たちのうち誰かを愛していたことは確かだ。でも一体誰を?!何とか記憶を取り戻そうとする輝彦は、全ての発端となったスケートリンクに通ううちに、いつも輝彦をあざ笑うかのようにリンクを滑る少女エミ(二階堂ふみ)に相談に乗ってもらうようになる。果たして結婚相手に相応しい女性は誰なのか…輝彦は答えを探るため、日替わりで3人の女性とデートを繰り返すのだが、恋の記憶を巡る結末には、意外な秘密が隠されていた。
オープニングで女の子たちが優雅に滑るスケートリンクの映像に昔見たカラフルで懐かしいイメージが重なり…色褪せたカラーTVのマーブルチョコやポッキーのCMみたいで胸が躍ってしまった。そんなレトロポップなイメージに彩られた岩田ユキ監督の長編2作目は三股サイテー男の純愛を描いたラブコメディだ。イラストで表現されたオープニングタイトルも昭和のホームドラマみたいで嬉しくなる。前作『檸檬のころ』ではホンワカしたムードの中に、ある種のリアリティが存在していたが、本作はかなりデフォルメされた視覚的な遊びが多い。実は、これって岩田監督の初期作品に近く、自主制作時代にはマペットを現実の世界に放り込んで非日常とリアルを融合させた不思議な映像を作り上げていた。ところどころに非現実的な映像が飛び込んでくるから師匠である中島哲也監督のイメージを取り入れたのかと思いきや、むしろ岩田監督は最新の技術を使いながらもオーソドックスな表現(だから懐かしさを感じるのだ)を試みているようだ。冒頭で気絶していた山田孝之演じる主人公が病院で目覚めた時の女医に水森亜土を起用している事からも岩田監督が創造しようとする世界観が垣間見える。本作では記憶を失った主人公の恋愛観のメタファーとしてスケートリンクが登場するが、そのリンクを滑る少女たちの出で立ち(ポニーテールに赤いスカーフ)が水森亜土のイラストに出てくるキャラクターっぽいのが興味深い。『檸檬のころ』では女の子たちの日常を自然光を取り入れながら日常のリアル感を出していたのに対し、本作は光を人工的に作り出して現実から逃げようとする主人公の心理を見事に具現化している。
準備期間に4年の歳月を費やした本作は岩田監督にしては珍しい男性が主人公の物語だが、恋愛が悪夢のように憑きまとうのはむしろ女性的と言っても良いだろう。記憶を無くした男の前にいつ買ったのかも分からない婚約指輪。三股をかけているサイテー男の物語であるにも関わらず、最後まで嫌悪感を感じさせないのは岩田監督の笑いのセンスに因るところが大きい。(準備に時間をかけて20回!も脚本を書き換えた成果が表れている)スケートが出来ない主人公を嘲笑うかのようにリンクを滑る謎の少女(二階堂ふみの不思議ちゃんキャラがハマっている)に向かって靴を投げると他の女の子に当たってバタッと倒れる。ただそれだけなのに奇妙な可笑しさがそこにあるのだ。仕事は出来ないけど結婚は出来た…という製薬会社の同僚の意味不明な上から目線だったり、主人公を取り巻く環境に主軸のストーリーを邪魔しない程度にネタを散りばめて主人公が振り回されるおかげでドロドロした部分が中和されるのだ。勿論、演じる山田孝之のあまりモテなさそうな風貌(失礼!)と飄々とした佇まいも大きく貢献しているのも忘れてはならない。また三股をかけられている女性たちに扮した女優陣のさばけた演技のおかげで、男性視点に偏らず中性的な(中立的…といった方が正しいか?)視点に立てたのかも知れない。全くタイプが異なる三人の女性…というところに答えが見え隠れするのが本作のミステリアスな面白さであり、主人公が一体誰と結婚しようとしていたのか?指輪を巡って美女の間をドタバタする姿はビリー・ワイルダーの映画みたいだ。身勝手な男の末路に「だよね…」と納得。
「何のために絆創膏持ってるの?思いっきり転ぶためでしょ!」転ぶのを恐れてリンクに立とうとしない製薬会社の営業マンである主人公を謎の少女がなじる。