アントキノイノチ
それでも、遺されたのは未来。
2011年 カラー ビスタサイズ 131min 松竹配給
企画プロデューサー 平野隆、下田淳行 監督、脚本 瀬々敬久 脚本 田中幸子 原作 さだまさし
音楽 村松崇継 主題歌 GReeeeN 撮影 鍋島淳裕 照明 三重野聖一郎 美術 磯見俊裕 録音 白取貢
出演 岡田将生、榮倉奈々、松坂桃李、原田泰造、鶴見辰吾、檀れい、染谷将太、柄本明
堀部圭亮、吹越満、津田寛治、宮崎美子、洞口依子
2011年11月19日(土)全国ロードショー
(C)2011「アントキノイノチ」製作委員会
『余命1ヶ月の花嫁』、『Life天国で君に逢えたら』などで、“命”というテーマと向かい合い続けてきた製作チームが、次回作として選んだのは、さだまさし原作による「アントキノイノチ」(幻冬舎刊)。本書は、2009年に発売され、20代前半の若者の目線で命を真摯に見つめた爽やかな感動作として発売当時、大きな話題を呼んだ。さだまさしの小説の映画化は、『精霊流し』、『解夏』、『眉山』に続く4作目となる。主演を務めるのは、2010年『告白』『悪人』『雷桜』などで躍進目覚しい岡田将生と、『余命1ヶ月の花嫁』の榮倉奈々。昨年、両名とも第33回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞、若手実力派として注目されている2人の初共演作品となる。元気で爽やかなイメージのある2人だが、本作では複雑な過去をもつ難しい役どころに挑戦する。監督は『ヘヴンズ ストーリー』にてベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞とNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)の2冠を獲得するという快挙を遂げた瀬々敬久。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
高校時代に親友を“殺した”ことがきっかけで、心を閉ざしてしまった永島杏平(岡田将生)は、父・信介(吹越満)の紹介で遺品整理業“クーパーズ”で働くことになる。先輩社員・佐相(原田泰造)、久保田ゆき(榮倉奈々)とともに現場に向かうと、死後1ヶ月経って遺体が発見されたその部屋では、ベッドは体液で汚れ、虫がチリのように部屋中に散乱していた。最初は誰もが怖気づくという現場に杏平は黙って向き合うが、ゆきに遺品整理のやり方を教わっている最中、彼女の手首にリストカットの跡を見つける。高校時代、生まれつき軽い吃音のある杏平は、同じ山岳部の松井(松坂桃李)たちに陰でからかわれていた。そんな中、松井による陰湿ないじめと周囲の無関心に耐えられなくなった山木(染谷将太)が飛び降り自殺をする。その後、松井の悪意は表立って杏平へと向かい、何も抵抗できない杏平だったが、登山合宿で松井と二人きりになった時にふと殺意が生まれる。崖から足を踏み外した松井を突き落とそうとする杏平。結局、杏平は松井を助けるが、松井は「滑落した杏平を助けたのは自分だ」と周囲にうそぶく。だが文化祭当日、山岳部の展示室には松井を助ける杏平の写真が大きく飾られていた。それは、教師や同級生たちが松井の悪意や嘘を知っていながら、それを見過ごしていたという証拠だった。杏平は再び松井に殺意を抱き「なんで黙ってるんだよ」と叫びながら松井に刃を向けた。ある日、ゆきは仕事中に依頼主の男性に手を触られ、悲鳴をあげ激しく震えた。心配した杏平は、仕事帰りにゆきを追いかけ、彼女はためらいながらも少しずつ自分の過去に起きた出来事を杏平に告げる。そのことでゆきは自分を責め続けていた。なぜ自分は生きているのか。自分の命は何なのか。何かを伝えようとするが言葉が見つからない杏平。そして、ゆきは杏平の前から姿を消した。
どうしても取り上げている題材ゆえに『おくりびと』と比較してしまいがちだが「死」という共通の事象を描きながらも本作の着地点は真逆の「生」だ。本作の主人公、岡田将生演じる杏平と榮倉奈々演じるゆきは、遺品整理を引き受けている会社で働いている。前者が遺体と直に接する納棺師だったのに対し、本作の主人公は遺体を目にする事はない。ただし、生前の生活に直接触れるという点においては死者を一番身近に感じる職業かも知れない。彼らは遺品をひとつひとつ「ご供養(ごくよう)」「ご不要(ごふよう)」と声に出して段ボールに仕分けする。勿論、「ご不要」とは明らかにゴミだったり引き取り手が無いであろうと思われる生活用品だ。印象に残るシーンがある。江本明演じる老人が黙って出て行ったまま老人ホームで亡くなった妻の遺品整理に立ち会うシーンだ。妻は強度の認知症となり夫に迷惑を掛けたくないからと家を出たのだが、夫はそれが許せない。全部捨ててくれ!と言うのだが、テーブルの上に置いてあった1つのマグカップと色違いのカップが棚の奥から出てきた時…夫は初めて涙を流す。それは夫と一緒にコーヒーを飲んでいたお揃いの品だったのだ。その瞬間からマグカップは「ご不要」から「ご供養」「形見」に変わる。そうなのだ、他人から見たらただの物であっても、そこには計り知れない思いや記憶が存在しているのだ。人間とは肉体だけで語られるものではなく、生活を共にしてきた品々(それが遺品なのだが…)によって形成されているのだなぁ…と、つくづく考えさせられた。
そして、もうひとつのテーマが「精神の死」だ。杏平はかつて自分の目前で親友が自殺するという経験を持ち、ゆきは仲の良かった男子生徒にレイブそして妊娠…という経験を持つ。そこで精神の崩壊が始まり、杏平は数年後に親友を自殺に追い込んだ同級生に対して殺意を抱き、部活の登山中に殺そうとする。勿論、未遂に終わるのだが、その様子を別の場所から見ていた教師は杏平がその生徒を助けようとしていると勘違いして杏平の行為を讃える。他人の死にあまりにも無関心で物事の実態と真実が見えていない周囲に杏平がキレた瞬間(精神が破綻した瞬間)彼のアイデンティティは死んでしまったのだ。特筆したいのは問題の級友・松井を演じた松坂桃李の演技。本人曰わく「この役を演じるにあたってメンタル的にキツかった」と語っているのも納得出来る程、屈折した劣等感から歪んでしまった若者を見事に演じ切っている。瀬々敬久監督は前作『ヘブンズストーリー』において、ある殺人事件の被害者と加害者を延々と追い続けていたが、本作における杏平と松井の関係もなんら変わらないのではないか…?と思う。杏平もゆきも「生き残った」という負い目の中で生きている。それは前作で家族を殺された主人公が抱いている気持ちと同じだ。興味深いのは彼らが他人の遺品整理をする事で自分自身の気持ちを整理している事である。そこで初めて、今の自分があるのは誰かの死によって繋がっている…と悟るのだ。ラストシーンで子供の身代わりでトラックに跳ねられ死んでしまったゆきの遺品整理いた杏平の元へ助けた親子が訪ねてくる。(ゆったり親子に向かって歩み寄る杏平をクレーンで捉えた鍋島淳裕のカメラが素晴らしい!)その子に向かって杏平が聞く「元気ですかー!」という問いかけは「元気に生きろよー!」というエールでもあるのだ。
「生きるっていう事はすごく恥ずかしい事だ。あがいてもがいて苦しんで…生きるってそういう事かも」遺族の前で故人が所有していたアダルトビデオを散乱させた杏平に原田泰造演じる先輩社員が言うセリフ。