横道世之介
観る者すべての記憶に残る、最高に愛おしい主人公“横道世之介”
2012年 カラー ビスタサイズ 160min ショウゲート配給
プロデューサー 西ヶ谷寿一、山崎康史 監督、脚本 沖田修一 脚本 前田司郎 原作 吉田修一
撮影 近藤龍人 音楽 高田漣 照明 藤井勇 美術 安宅紀史 録音 矢野正人 編集 佐藤崇
出演 高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、朝倉あき、黒川芽以、柄本佑、佐津川愛美
井浦新、國村隼、きたろう、余貴美子、堀内敬子、大水洋介、江口のりこ、眞島秀和、ムロツヨシ
2013年2月23日(土)新宿ピカデリー他、全国ロードショー!
(C)2013『横道世之介』製作委員会
『パレード』や『悪人』など著作が次々と映画化されている吉田修一が毎日新聞夕刊に連載していた青春感動長編小説『横道世之介』。2010年本屋大賞3位、第23回柴田錬三郎賞を受賞した話題作を『南極料理人』『キツツキと雨』等、独特のユーモアを生み出す絶妙な演出に定評のある沖田修一監督が、劇団「五反田団」主宰、『生きてるものはいないのか』(石井岳龍監督)の劇作家・小説家の前田司郎と共に脚本を手掛け実写映画化。更に音楽には、高田漣が参加。日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男であり、マルチ弦楽器奏者として、YMO、細野晴臣、高橋幸宏、斉藤和義、くるり、星野源、等のレコーディングやライヴでも活躍中の彼が奏でるメロディが映画を優しく彩る。主人公の横道世之介に『軽蔑』の高良健吾、ヒロイン与謝野祥子に『婚前特急』『僕等がいた』の吉高由里子、世之介の大学の友達・倉持一平役に池松壮亮、世之介が憧れる年上女性・片瀬千春に伊藤歩、女性に興味を持てない世之介の同級生・加藤雄介に綾野剛と豪華キャストが集結。また、朝倉あき、黒川芽以、柄本佑、佐津川愛美と若手から、井浦新、國村 隼、堀内敬子、きたろう、余貴美子のベテラン俳優陣と個性的なキャストが脇を固める。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
大学進学のために長崎の港町から上京したばかりの横道世之介(高良健吾)は、嫌みのない図々しさと人の頼みは断れないお人好しな性格が人を呼んでいた。同郷の友人と会っていた喫茶店でパーティガールの千春(伊藤歩)目を付けられてバイトに協力した世之介は千春の不思議な色気に夢中になってしまう。そんなある日、大学の講義で仲良くなった加藤(綾野剛)からダブルデートに誘われた世之介は大金持ちのお嬢様・与謝野祥子(吉高由里子)に気に入られお付き合いする事に。数年後、世之介と関わった人々がある出来事から忘れていた記憶が呼び覚まされた。
ゆる〜い感じで新宿の喧騒を歩く主人公・横道世之介が登場するファーストカットを見た時、森田芳光監督のデビュー作『の・ようなもの』を思い出していた。こんな角度から捉えた1987年の新宿(勿論CG合成)の東口を見るのは初めて。激しく行き交う人波の中で浮かび上がる主人公の姿から静寂を感じさせる画(え)作りのセンス…沖田修一監督はやはり只者ではなかった。シークエンスをつなぐ時に挿入する抽象的なカット(車の中から捉えたカーウォッシャーの回転するブラシの映像など)の面白さは実に映画的なギミックに溢れている。長崎から上京してきた18歳の高良健吾演じる世之介の優柔不断さがリアルにいそうな小心者で、前述した『の・ようなもの』の主人公しんととに共通する普通の男が繰り広げる日常の面白さがこの作品にはあるのだ。沖田監督作品に出てくるキャラクターは皆ごくごく普通の人間で、あーあるある…と自分も同じような行動をして共感出来る人物ばかりだ。『南極料理人』で堺雅人演じる料理人にしても『キツツキと雨』で役所広司演じる木こりにしても突発的に見せる反応って誰しもやっているはず。だからこそ笑えるし、愛おしいのだ。そして本作の主人公にしても然り。気の利いた社交辞令的な会話が出来ず笑顔で乗り切ろうとする浅はかな手段を見透かされたり、彼女と初めてキスをする際(残念ながらこの時は未遂に終わるが)に首の角度を注文したりという行動が憎めない。(その前にキスしていいかイチイチ断るのもシンパシーを感じる)
そして何よりも本作で重要なのはヒロイン与謝野祥子を演じる吉高由里子の強烈な存在感だ。世間離れしたお嬢様がいち早く世之介の中にある何かを感じ取って積極的にアプローチする姿に自然と顔が綻ぶ。吉高のスゴさが見れるのはスキーで骨折した彼女を世之介が見舞う場面だ。笑顔から真顔に一変する演技に思わず上手い!と膝を叩いた。原作者の吉田修一は映画化にあたって、沖田監督にコメディにして欲しい…と、ただそれだけをお願いしたという。映画の中盤で35歳になった世之介がホームに転落した人を助けようとして命を落としてしまう後日談が明かされるが、作り方次第でシリアスにもなり得る題材をコメディにしたおかげで映画では描かれない後年の主人公(カメラマンという道を見つけたらしい)の人生に奥行きが出たのは事実だ。
カメラのアングルが凝っており印象に残る場面も多い。カメラマン近藤龍人は意識的に主人公とカメラの距離を置いているように思えるのだが。例えば、世之介が祥子に誘われて高級ホテルのプールで真っ直ぐにクロールで進む姿を真俯瞰で捉えるカットなんかはそうだ。または、何故か入部してしまったサンバサークルの合宿で手持ちぶさたで高原に佇む世之介を遠景で捉えたり…まるでカメラは世之介の心理を代弁するかのように心ここにあらずの場面で距離を取る。ところが、世之介と祥子の初キスシーンは同じ真俯瞰でも意味合いがかなり異なる。デートを重ねながらも邪魔が入ったりして、なかなかキスに踏み込めない二人がクリスマスの夜、雪が降っている事にハシャいでアパートから外に飛び出して…ベタな状況で唇を重ねるとカメラがクレーンでどんどん上がってゆく。そしてかなり高い位置からの真俯瞰で二人の姿を捉える。初キスの照れと喜びが相まって走り廻る二人の足跡が雪の上に増えていく…正にこのカメラワークは世之介の高揚感を表しているのだ。お見事!
「わたし、これから世之介さんの事、呼び捨てにします…いいですか?」吉高の上手さを見れる場面のセリフ。骨折した祥子を見舞った世之介の狼狽ぶりに祥子が言う。二人の距離が近づいた瞬間だ。