キツツキと雨
無骨なキコリと気弱な映画監督のちょっといい出会い。

2011年 カラー ビスタサイズ 129min 角川映画配給
エグゼクティブプロデューサー 井上伸一郎、椎名保 監督、脚本 沖田修一 脚本 守屋文雄
撮影 月永雄太 音楽 omu-tone 照明 高坂俊秀 美術 安宅紀史 録音 岩丸恒 編集 佐藤崇
出演 役所広司、小栗旬、高良健吾、臼田あさ美、古舘寛治、嶋田久作、平田満、伊武雅刀、山崎努

(C)2011「キツツキと雨」製作委員会


 人里離れた山村にゾンビ映画の撮影にやってきた青年と、そこに暮らす父親のような木こりの男のふれあいを、ユーモアを交えて描いたハートフルドラマ。年齢も価値観も自分と異なる人生の人と出会ったら…関わりたくないと思ったり、意外にも新しい出会いが、停滞気味の日々に晴れ間を射してくれることもある。そんな日常を、片田舎の年配の木こりとデビュー作の撮影に四苦八苦する新人監督の青年との交流をとおし、小さな山村を舞台に映画の撮影隊と村人たちとのおかしくも温かい関係を『南極料理人』の沖田修一監督が描く。オリジナル脚本を沖田監督と共同執筆したのは『南極料理人』でもコンビを組んだ守屋文雄。出演は、素朴で無骨な木こりの克彦役に『終の信託』『わが母の記』の役所広司、プレッシャーに耐える新人監督の幸一を『宇宙兄弟』『岳 ガク』の小栗旬が演じ、初タッグが実現。共演に高良健吾、臼田あさ美、ベテランの伊武雅刀、さらに山崎努など豪華キャストが顔を揃える。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 人里離れた山間の村。木こりの岸克彦(役所広司)は、早朝から仲間と山林に入り、木々を伐採して生計を立てていた。妻に先立たれ、今は息子の浩一(高良健吾)と2人暮らし。定職に就かずにふらふらしている浩一に、克彦は憤りを覚えていた。妻の三回忌はもうすぐ。ある朝、田舎道を行く克彦は、車が溝にはまって立ち往生している2人を発見する。ゾンビ映画の撮影にやってきた映画監督の田辺幸一(小栗旬)と鳥居(古舘寛治)だった。なりゆきから、2人を撮影現場まで案内することになった克彦は、そのままゾンビのメイクでエキストラ出演する羽目になる。木こり仲間たちから出演をネタにされ、まんざらでもない克彦。撮影途中の映像を見るラッシュ試写に呼ばれた彼は、小さく映る自分のゾンビ姿に思わず苦笑いする。傍らでは幸一が、自分の腕を噛みながら、苦々しい表情でスクリーンを見つめていた。現場では、大勢のスタッフやキャストから質問攻めにあう幸一は、頭が混乱して昏倒してしまうがそこへたまたまやってきた克彦のおかげで何とか平静を取り戻す。ある日、克彦と一緒にそばをすすっていた幸一は、父親が買ってきたビデオカメラをきっかけに、映画を撮り始めるようになったことを語る。しかし、実家の旅館を継がなかったことで、父親は後悔しているだろうと言うと、克彦は“自分の買ってきたカメラが息子の人生を変えたんだ。嬉しくてしょうがねえだろうよ。”と幸一を諭す。やがて克彦は積極的に撮影を手伝うようになり、撮影隊と村人たちとの間に、少しずつ一体感が生まれてゆく。やがて撮影はいよいよ佳境を迎え、村人たちは総出でラストカットに挑むのだった。


 沖田修一監督の本筋をワザと外した緩い描き方が好きだ。『南極料理人』でもそうだったが南極という過酷な地で隊員たちのご飯の事ばかり考えている料理人を緩いタッチで淡々と描き、それでいて退屈させないのだから大したものだ。主人公が全て最前線に立つ人間とは限らないのだ…と言わんばかりにホンの数センチ横にいる人物に焦点を当てるのが得意なのだろう。本作の主人公であるゾンビ映画を撮影するため小さな山村へやってきた若き監督は自分の作品に自信を持てず、現場を仕切る意欲も失いかけている男だ。そんな監督の指揮の下で行き詰まった撮影隊に救いの手を差し伸べるのが村で木の伐採をしている初老の男。その男の手助けで低予算で八方塞がりのホラー映画に思わぬ勝機が訪れる過程を沖田監督は丁寧に描く。最近作『横道世之介』もそうだが沖田監督作品で重要なのは登場人物のキャラクター性と演じる俳優たちが如何にハマっているか…だ。映画監督に扮する小栗旬は気が弱くて現場を仕切れきれない小心者を好演。役所広司は、そんな彼を助けつつ映画撮影の面白さに惹かれてゆく木こり(殆ど映画を観た事が無いというのがミソ)をユーモラスに演じている。偶然、撮影現場の近くに居合わせたがためにロケ場所に案内するハメになった役所が小栗を監督とは気づかず台本ばかり読んでいる姿に説教する下りは最高だ。まぁ確かに古舘寛治扮す助監督(彼がまた最高の演技を披露してくれる)の方がベテランっぽいものね。沖田監督が本作で最も重点を置いているのは二人の主人公が交わすセリフの間合だ。なかでも撮影も順調に進み始めた後半で、二人が食事をする長回しの場面で見せる絶妙な間合いが印象に残る。ワケあって甘いものを絶っていた二人の前に置かれたあんみつを分け合って旨そうに食べる演技にまさしく舌を巻いてしまった。
 地方でロケーション撮影を行う映画人たちの苦労が良く描かれており、特に前半で描かれる地図を頼りにロケハンして、アテが外れ路頭に迷うエピソードは切実な「あるあるネタ」だったのではなかろうか?ゾンビたちが襲ってくる理想的な広さの川を探して迷走する姿は笑っちゃいけないんだろうけどやっぱり可笑しい(せっかく見つけた川の後ろに堂々とそびえるラブホテルの画に吹き出す)。聞けば、新人の映画監督で途中で逃げ出してしまう…なんて事は意外とあるそうで、監督の重圧たるや大変なものなのだろう。印象に残るのは逃げ出そうとする監督に映画の内容を説明させてイチイチ感心する木こりに台本を渡す場面だ。その後木こりはゾンビの台本を奥さんの仏壇に供えているのも笑ってしまう。木こりの声掛けによって地元の人々を巻き込んで撮影が順調に進むあたりは正にリージョナルフィルムの理想形ではないだろうか。堂に入っては動に従え…地元の人たちと一緒になって映画を作る姿はまるで祭りのように見える。祭りと言えば原田芳雄の遺作となった『大鹿村騒動記』を思い出す。こうした地方ロケを行う上で住民とのコミュニケーションが如何に大切か…それが作品の中に現地の空気を取り込む事につながるわけだ。関わった人が楽しんでいれば観客にも、そのノリは結構伝わってくる。だからギスギスしていた撮影現場が村人の参加で和やかな雰囲気になり積極的なアイデアが飛び交うようになるのも分かる気がする。小心者の監督がラスト(クランクアップ)に向かうにつれ自信が付いてくるのも気持ちイイ。映画を殆ど観た事がない木こりがゾンビ映画の台本を読んで「こういうの読んだ事ないんでよく分からんかったけど…なんや面白かったなぁあとちょっと泣いた」という言葉に一本の映画を大切に観る事を教えられた気がした。

「木が一人前になるのにざっと100年はかかるでな」木こりが行き詰まっている監督に言う。


レーベル:(株)角川書店
販売元: (株)角川書店
メーカー品番: ・ DABA-4213 ディスク枚数:2枚
通常価格 5,387円 (税込)

【沖田 修一 監督作】
フィルモグラフィー

平成18年(2006)
このすばらしきせかい

平成21年(2009)
南極料理人

平成22年(2010)
シティボーイズの
Film noir「俺の切腹」

平成24年(2012)
キツツキと雨

平成25年(2013)
横道世之介




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