草原の椅子
日本から世界最後の桃源郷、フンザへ。それは、希望へ旅立つ物語。
2013年 カラー シネスコサイズ 139min 東映配給
エグゼクティブプロデューサー 原正人 監督、脚本 成島出 原作 宮本輝
脚本 加藤正人、奥寺佐渡子、真辺克彦、多和田久美 撮影 長沼六男 主題歌 GLAY
照明 宮西孝明 美術 金田克美、新田隆之 録音 室蘭剛 編集 大畑英亮
出演 佐藤浩市、西村雅彦、吉瀬美智子、小池栄子、貞光奏風、AKIRA、黒木華、中村靖日
若村麻由美、井川比佐志
2013年2月23日(土)全国ロードショー!
(C)2013 「草原の椅子」製作委員会
大人のための素敵な寓話が誕生した。登場人物たちの心の葛藤が、時にユーモラスに、時に優しく丁寧に綴られ、人生の岐路に立った者たちに向けて温かな希望を投げかける。原作は、登場人物の繊細な心の動きや、大自然の描写の美しさで絶賛されている宮本輝の同名小説であり、長きに亘って映像化は不可能とされていた。その名作を、『八日目の蝉』で第35回日本アカデミー賞最多10部門を受賞するなど2011年の映画賞を総ナメにした成島出が監督。原作と同じ舞台設定となるパキスタン・フンザで、日本映画初の本格的な長期ロケを敢行。『武士の一分』『沈まぬ太陽』等を手掛けた撮影監督の長沼六男によって見事な映像を納めることに成功した。キャストには、憲太郎役に優しさと強さを圧倒的な存在感で表現する『あなたへ』の佐藤浩市、親友の富樫役に、ジャンルを越えた活躍を続ける『東京家族』西村雅彦、貴志子役に、幅広い世代の女性に絶大な支持を得る『ガール』の吉瀬美智子が配されるなど、見ごたえ十分な布陣となっている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
バツイチで、年頃の娘と二人暮らしの遠間憲太郎(佐藤浩市)に、50歳を過ぎて三つの運命的な出会いが訪れる。ひとつは、取引先の社長・富樫(西村雅彦)に懇願され、いい年になってから親友として付き合い始めたこと。もうひとつは、ふと目に留まった独り身の女性・貴志子(吉瀬美智子)の、憂いを湛えた容貌に惹かれ、淡い想いを寄せるようになったこと。3つめは、親に見離された幼子、圭輔(貞光奏風)の面倒をみるようになったこと。 憲太郎、富樫、貴志子の3人は、いつしか同じ時間を過ごすようになり、交流を深めていく中で、圭輔の将来を案じ始める。年を重ねながら心のどこかに傷を抱えてきた大人たち。そして、幼いにも関わらず深く傷ついてしまった少年。めぐり逢った4人は、ある日、異国への旅立ちを決意する。そして、世界最後の桃源郷・フンザを訪れたとき、貴志子が憲太郎に告げる。「遠間さんが父親になって、私が母親になれば、あの子と暮らせるんですよね」と…。
言葉が印象に残る映画である。五十歳にして親友となり、言葉を交わしていくうちに互いを理解し合う二人の中年男性。佐藤浩市扮す娘と二人暮らしの営業マン遠間は職場での営業トークに反して、家庭では娘との会話が疎かになっているようだ。その娘がある日連れてきた一人の少年…聞けばバイト先の上司の息子で育児放棄した母親から酷い仕打ちを受けて心を閉ざし、話す事が出来なくなったという。言葉を失った少年に対して不器用ながらも懸命に言葉を掛けるうちに二人の間には、ある種の信頼関係が生まれてくる。仕事一筋で他人の痛みを忘れていた遠間が少年との出会いで変わって行く過程の自然な流れ…成島出監督の繊細な演出技法は相変わらず冴えており、ただただ感服するばかりだ。平行して描かれる遠間が仄かに恋心を抱く吉瀬美智子扮す陶器店のオーナー貴志子とのエピソードを差し込む絶妙なタイミングと緩急を利かせた物語の運び方は観客の興味を損なわせない。
なかでも、遠間と無理やり親友になる取引先社長の富樫に扮した西村雅彦が忘れてられない素晴らしい演技を見せてくれる。リストラした社員が自殺して、その通夜の帰りに合流した遠間の前で富樫は荒れる。参列するのを遺族から拒まれた彼は経営者としてリストラを下した正当性を述べながら自らを責める姿が胸を締めつける。成島監督は遠間と少年の心情の移ろいには寄り添いながらも富樫に対しては突き放したような描き方を最後まで貫く。それは経営者という“個”よりも“多”を選ばなくてはならない立場の違いからだろうか?劇中、彼は非常に素晴らしい格言を言う。「出来ん理屈を突き通していても、人情の欠片もない者は正義じゃない」常にそうやって父親から教えられた彼はその言葉に板挟みになって苦悩するのだ。西村ならではの大見得を切る演技でダイナミックな笑いを誘い、落ち込む時はとことんグダグダになる。成島監督が敢えて突き放したスタンスを取ったのは間違いなく正解だ。
そうした苦悩や悲しみを抱いた主人公たちがひとつに結集されるのが最後の桃源郷と呼ばれるパキスタンにあるフンザへの旅程だ。最大の見せ場となるフンザを見渡せる高地からベテラン長沼六男カメラマンが捉える肥沃な大地と広大な砂漠の映像に身が震える。砂漠の丘陵を駆け上がって行く少年とその後を追う大人たちの姿…そして、その上にある真っ青な空が実に鮮やかなコントラストを生み出す。そして、もうひとつ目を引くのは奥寺佐渡子を筆頭に五人の連名による脚本家の人数。かつて黒澤明監督が『隠し砦の三悪人』で行った日本映画ならではの脚本執筆テクニックだ。そのおかげで四人の主人公の台詞と台詞の間(行間とも違うのだが)に存在する感情の微妙な変化がブレる事なくストレートに胸に響いてくる。
「俺たちは未来を信じてイイのかな」50歳に差し掛かった主人公が親友に言うセリフ。その気持ち痛い程分かるなぁ。