自分の事ばかりで情けなくなるよ
音楽が照らす、後悔だらけの日々。時代と共振する「音楽」×「映画」のコラボレーション!
2013年 カラー ビスタサイズ 106min SPOTTED PRODUCTIONS配給
監督、脚本、編集 松居大悟 原案 尾崎世界観 プロデューサー 横田直樹、三谷敏久、林武志
音楽 クリープハイプ 撮影 塩谷大樹 照明 横堀和宏 録音 戸村貴臣
美術 片平圭衣子 衣裳 谷野留美子 ヘアメイク 斉藤直子 助監督 畑井雄介
出演 池松壮亮、黒川芽以、山田真歩、安藤聖、尾上寛之、大東駿介、クリープハイプ
2013年10月26日(土)ユーロスペースにてレイトショーほか全国順次公開
(C)2013 Victor Entertainment, Inc.
劇団ゴジゲンの主宰であり『アフロ田中』『男子高校生の日常』など次々と話題作を手掛ける注目の新鋭監督・松居大悟が、今最も勢いのある人気ロックバンド“クリープハイプ”のフロントマン尾崎世界観の原案を元に作り上げた異色の音楽映画。私生活でも親交の厚い二人が、これまで同コンビで作られて来た一連のミュージックビデオは、それぞれの登場人物が作品をまたいで交差していく青春群像劇であり、そこから派生したショートフィルムヴァージョンがファンの間で熱烈な支持を集め、“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア”のミュージックショート部門に2年連続で上映されるなど注目を集めた。本作は、その中から「イノチミジカシコイセヨオトメ」「あたしの窓」「おやすみ泣き声、さよなら歌姫(Music Video)」に最新作「傷つける」を加えた4部構成で送る待望の劇場用映画として、第26回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に正式出品された。池松壮亮、黒川芽以、山田真歩、安藤聖、尾上寛之、大東駿介ら実力派若手俳優を迎えた松居監督のオリジナル・ストーリーをクリープハイプのヒットチューンが照らし、時代と共振する。今だかつてなかった画期的な映画×音楽のコラボレーションが、遂にスクリーンに解き放たれる。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
元カレが忘れられないピンサロ嬢クミコ(安藤聖)。大好きなバンド“クリープハイプ”のライブ当日に残業させられているOLミエ(山田真歩)。一途な想いを爆発させるオタク青年ツダ(大東駿介)。さらに、トレーラーハウスで生活する謎の青年リクオ(池松壮亮)と家出してきた美少女ユーな(黒川芽以)。思い通りにならない日々に対する怒りや涙を爆発させる彼らの、後悔だらけの日々が少しずつ交差して行く。
いきなりだが、 筆者は試写(この場合はマスコミ試写)を観た映画でも必ず映画館へ足を運ぶようにしている。映画館はその映画を観たいとずっと前から計画していた人たちが集まる場所で、映画に対する向き合い方…というか、ベクトルが全然違う(当たり前の話しだが)。今回、そうした映画館の醍醐味を感じさせる作品が続いて公開された。何と、両方とも松居大悟監督が手掛けた作品で、人気コミックを映画化した『男子高校生の日常』と、クリープハイプの楽曲をモチーフとしたオムニバス『自分の事ばかりで情けなくなるよ』だった。この2作品に言えるのは原作者の作家性が、松居監督独自の作家性と見事にシンクロしているという点だ。その作品のベースを観客は既に熟知した上で観に来ているという構図は、感覚的にはライブに似ている。問題は乗れるかどうかだ。ユーロスペースで上映されている『自分の事ばかりで情けなくなるよ』では、試写会場で味わえなかった奇妙な一体感を感じる事が出来た。勿論、観客がクリープハイプの曲を彼等なりに咀嚼しているからこそ生まれる一体感である事は否定しない。ただ、クリープハイプを知らない者でも会場全体を包むパワーに便乗して楽しめちゃうのが映画館のマジックでもある。自分の好きなアーティストの楽曲が映像として具現化した時に見せる観客の反応こそが、評論家の先生方の評価よりも確かであるのは間違いない。
今までダメな男ばかりに焦点を当ててきた松居監督としては珍しく本作は女性視点の物語。夢を追い続ける頭でっかちの彼氏のためにピンサロで働き生計を立てる内にお店のナンバーワンとなってしまった安藤聖演じるクミコ。いい加減で曖昧な態度の冴えない上司とズルズル不倫関係に陥ってイライラをTwitterにぶつける山田真歩演じるOLのミエ。いつもガラガラの観客席に来ているのは熱狂的なファンただ一人…歌う事に限界を感じてステージを降りる歌姫。本作に登場する全ての女性たちが常に問い続けているのは、明日は変われるだろうか…だ。先日のインタビュー時に「自分の事しか考えておらず、それで全然上手く行かなくて空回りしている人たちをそれでもイイじゃない”って肯定してあげたい」と語っていた松居監督。一貫して、勝ち組という言葉に無縁な若者に寄り添い、優しい眼差しで捉え続けてきた。その姿勢には微塵のブレもない。
しかし、本作で新しく加えられた『傷つける』で黒川芽以演じるユーナだけは違う。彼女の思いは、池松壮亮演じるリクオに対してのみ向けられているのだ。松居監督は彼女とリクオとの距離を一枚のガラスで表現する。車の中で寝ているリクオにガラス越しに唇を重ねるユーナ、CDショップで暴れるリクオを店の窓ガラスを隔てて外から傍観するユーナ。すぐそばにいるのに触れる事が出来ないガラスは、気持ちを伝えられない二人の心情を表すメタファーとして存在する。印象に残るのは、ラスト近くで病室のドアのガラスからリクオを見るユーナの表情だ。それはまるでダメな男を享受する菩薩のようであり(この黒川芽以の目の演技が最高)、この表情こそが松居監督の到達点だったのでは…?とも思える。映画は、帰っていく彼女と娘の姿を病室から窓ガラス越しに見つめるリクオで終わる。ダメな男に寄り添う視点が、今までの松居作品だとしたら、『傷つける』は、そんな男を少し突き放して、新しい一歩を踏み出したように感じた。
「伝わんねぇんだよ!」リクオが何も語らないユーナに向かって怒鳴る。これはリクオが自分に向けて言っているようにも思えるのだが…。