あたしの窓
がんばれ、あたし

2012年 カラー HDサイズ 29min
プロデューサー 横田直樹、三谷敏久、林武志 原案 尾崎世界観 監督、脚本 松居大悟
撮影 塩谷大樹 照明 横堀和宏 録音 戸村貴臣 美術 片平圭衣子 衣装 谷野留美子
出演 山田真歩、中川晴樹、早織、安藤聖、尾上寛之、池松壮亮、クリープハイプ


 クリープハイプのライブ当日、OLの“あたし”はチケットを眺めながらバスに乗っていた。誰よりも一番に出勤して真面目に勤務している彼女は、会社の上司と不倫関係にあった。朝、上司に半休させて欲しいとお願いするのだが、無情にも資料を早急に作成して欲しいと却下される。更に先輩の女性社員から仕事を頼まれて残業を余儀なくされてしまう。日頃から溜まっている鬱憤をTwitterでつぶやく彼女の思いとは関係なく、ライブ会場では刻々と開場の準備が行われていた。果たして、彼女はライブに間に合うのか…。


 人生要領よくやっていく人間と、何をやっても上手く行かない人間の差って、実はほんのちょっとしか違わないと思う。クリープハイプのミュージックShort『あたしの窓』の主人公も少しだけ…コミュニケーションのズレによって、上手く行かない日々を繰り返して来たのだろう。物語は、ライブを楽しみにしていた山田真歩演じるOLが、当日に仕事を次々と入れられて残業するハメになり…という一日を追っている。あぁ、それなら前の週から事前にネゴしておけば良いものを…と思うのだが、彼女はそれが出来ないのだ。だから、ライブ当日の朝になって「半休させて欲しい」というお願いが、上司の失笑と共に打ち消されてしまう。不倫相手にしては冴えない上司と、気を許す事が出来ない上辺だけの先輩女子から、仕事を頼まれる便利な“女”となってしまった自分に腹を立てて悔し涙をグッと堪える山田真歩の演技は見事だ。数々の童貞芝居を手掛けてきた劇団ゴジゲンを主宰する松居大悟監督は『アフロ田中』に続き、不器用とも違う世渡りの下手さ加減を自覚してコンプレックス(…のようなもの)を抱いている人間のモヤモヤを描くのが相変わらずお上手。
 冒頭間もなく印象に残る場面がある。それは、出勤途中のバスの最後尾で外を眺める彼女と対照的に楽しそうに話しをするカップルの対比だ。会社勤めをしていた経験がある山田真歩が、脚本を書いている松居監督に、出勤途中のバスの窓から見た風景を一番よく覚えていて、いつも、その風景を見ながら死にたくなったと、話した事から付け加えられた場面だという。窓というのは確かに不思議だ。ガラスの向こうに広がっている光景と自分のいる場所は、たった一枚のガラスで仕切られているだけなのに手を伸ばしても触れることが出来ないのだ。少しだけ離れたカップルとイヤホンでクリープハイプの曲を聴く彼女との隔たり…この場面に本作のテーマが凝縮されているように思えたのだが…。
 ライブ会場と残業する彼女を交互に映し出す事で、彼女の焦りと苛立ちのボルテージが上がって行くのを如実に表している見事な構成。そこに彼女がTwitterに打ち込む“つぶやき”が重なる事で、ふたつの離れた空間がシンクロされる絶妙なバランス。カチャカチャと、独り言状態のTwitterが彼女のモノローグとしての役割を果たしている。ライブの時間を気にしながら菓子パンを便所メシする彼女(楽屋で弁当を食べているボーカルの尾崎世界観との対比が面白い)に追い討ちをかけるように仕事を頼んでおきながら定時に上がろうとする上司。彼女はTwitterでつぶやく…「じゃあ、あたしじゃなくていいじゃん!」そんな時に思うのは、世界に自分独りだけ…という疎外感だ。ここで明かすわけには行かないが、この作品は、ギリギリ、アンコールに間に合った彼女が尾崎世界観のMCと新曲を聴いて号泣するところで終わる。途中でも「あれ?もしかして…?」と、思わせる場面があったりするのだが、巧みにアーチストとファンを交差させながら、あちこちに伏線を貼っておく松居監督の演出術には感服する。

「ライブをすると悔しい事とか後悔する事がいっぱい出て来て、そういう気持ちを残したままステージを後にする事があります。でもアンコールっていうのはそういうものを全部取り返す場所って思ってて…本編のオマケじゃないんだなと思いました」アンコールのMCで尾崎世界観が言う言葉。

【松居大悟監督作品】

平成22年(2010)
ちょうどいい幸せ

平成24年(2012)
アフロ田中
イノチミジカシコイセヨオトメ

平成25年(2013)
あたしの窓
男子高校生の日常
自分の事ばかりで情けなくなるよ




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