紙の月
平凡な主婦が起こした巨額横領事件。何不自由のない生活を送っていたはずの彼女に何が起きたのか。
2014年 カラー シネマスコープ 126min 松竹配給
プロデューサー 池田史嗣、石田聡子、明石直弓 監督 吉田大八 脚本 早船歌江子
撮影 シグママコト 美術 安宅紀史 音楽 Little moa、小野雄紀、山口龍夫 録音 加来昭彦
整音 矢野正人 編集 佐藤崇 照明 西尾慶太 衣裳 小川久美子 原作 角田光代
出演 宮沢りえ、池松壮亮、石橋蓮司、小林聡美、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、佐々木勝彦
天光眞弓、中原ひとみ、平祐奈
2014年11月15日(土)全国ロードショー
(C)2014 「紙の月」製作委員会
2011年に映画化された『八日目の蝉』をはじめ、女性を中心に抜群の信頼性と人気を誇る直木賞作家、角田光代のベストセラー小説を映画化。メガホンをとるのは、第36回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した傑作『桐島、部活やめるってよ』を送り出し、次回作が熱望されていた鬼才、吉田大八。これまで『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』、『パーマネント野ばら』で女たちの業の深さとたくましさを見つめ、『クヒオ大佐』で詐欺師の物語を描いた吉田監督が、角田光代の原作の映画化に挑んだ。原作にある梨花の旧友たちの描写を削り、銀行内部の描写をふくらませて早船歌江子が大胆に脚色。一人の女性が、聖と悪の両面を抱えながら能動的に堕ちていく様を、スピード感のあるサスペンス大作として完成させた。主人公・梅澤梨花を演じるのは、今や日本を代表するトップ女優として舞台・映画・テレビと八面六臂の活躍を見せる宮沢りえ。『オリヲン座からの招待状』以来、久々の映画主演となる彼女が、破滅へと突き進んでいく梨花の心の動きを繊細かつ大胆に表現した。相手役となる光太には、吉田監督とは舞台「ぬるい毒」でもタッグを組み、近年活躍が目覚ましい若手実力派の池松壮亮。そして映画オリジナルのキャラクターとして、器用に立ち回る銀行の窓口係を、AKB48卒業後初の映画出演となる大島優子、厳格に梨花を追い込んでいくベテラン事務員を小林聡美が演じ、銀行内で繰り広げられるサスペンスに奥行きを与えている。そのほか田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司と、重厚で豪華な共演陣が集結した。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
1994年。梅澤梨花(宮沢りえ)は、子どもには恵まれなかったものの夫(田辺誠一)と穏やかな日々を送り、契約社員として働く「わかば銀行」でも、丁寧な仕事ぶりで上司の井上(近藤芳正)から高い評価を得ていた。裕福な独居老人の平林(石橋蓮司)も、梨花の丁寧な仕事に信頼を寄せている顧客のひとりだ。厳格なベテラン事務員の隅(小林聡美)、まだ若くちゃっかり者の窓口係・相川(大島優子)ら、支店では様々な女性たちが働いている。一見、何不自由のない生活を送っている梨花だが、自分への関心が薄く、鈍感なところのある夫との間には空虚感が漂い始めていた。ある夜、梨花は平林の家で一度顔を合わせた、孫の光太(池松壮亮)と再会し、何かに導かれるように、大学生である彼との逢瀬を重ねるようになる。外回りの帰り道にふと立ち寄った、ショッピングセンターの化粧品売り場。支払い時にカードもなく、現金が足りないことに気づいた梨花が手を付けたのは、顧客からの預かり金の内の1万円。銀行に戻る前に、すぐに自分の銀行口座から1万円を引き出して袋の中に戻したが、これがすべての始まりだった。学費のために借金をしているという光太に、「顧客からの定期の申し込みがキャンセルになった」という方法で手に入れた200万を渡す梨花。顧客から預かった300万を自分の通帳に入れ、やがて自宅で定期預金証書や支店印のコピーを偽造するなど、横領する額は日増しにエスカレートしていく。上海に赴任する夫には付いて行かず、光太と一緒に高級ホテルやマンションで過ごす時間は贅沢になり、梨花の感覚と日常が少しずつ歪み、暴走をし始める。少額ずつではあるが梨花に返済していた光太の行動にも変化が現れ、大学を辞めたことを告げられた頃、事務員の隅が、銀行内で不自然な書類の不備が続いていることを不審に感じ始める。疑いの目を向けられ、追い詰められた梨花が取った行動とは?そしてその先に彼女が見たものとは…。
そこそこ優しい夫(劇中で銀行窓口のOLが言う、分かりやすく愛されている)と平凡な日常を送ってきた主人公・梨花が契約社員として働く銀行で起こした巨額横領事件。ラスト近く…横領が発覚して窓ガラスを破って逃亡する主人公の姿に全身が熱くなり、気づけば涙が溢れていた。このシーンだけでも宮沢りえの演技(何テイクも撮ったため肉離れを起こしたそうだ)は、スタンディングオベーション級だと思う。賛美歌“あめのみつかい”をBGMに何度も後ろを振り向きながら走る宮沢りえのアップは実に崇高で、いつしか「止まるな!走れ!走って逃げきれ!」と声援を送っていた。これは阪本順治監督が手掛けた『顔』のラストで妹殺しで全国を逃げ回っていた藤山直美演じる中年女性が追っ手から逃れるために海に飛び込み必死で泳ぐ場面でも同じ感情が突き上げてきたのを思い出す。両作品ともバブル崩壊以降1990年代前半という時代背景であるのが象徴的だが、きっと様々な犯罪が成立しうる最後の時代だったのかも知れない。
まず何と言っても本作が映画初となる早船歌江子の脚色がイイ。主人公・梨花に焦点を当てて彼女の心境が変わり、次第に大胆になっていく過程が実に上手く描かれている。中でも彼女が初めて顧客から預かっている金に手を出した時の緊張感たるや…ヒッチコックの映画を観ているようだった、夫から必要ないと言われクレジットカードを持っていなかった彼女が、購入した化粧品の代金を支払おうとしたところ1万円が足りない。集金カバンには数十万円の現金が入っている…さぁ、どうする?カバンと彼女のアップが交互に映し出され、遂に手を伸ばした時、明らかに劇場に失望感混じりの溜息が漏れたのが面白かった。かくして、一度ルールを崩してしまった彼女は事あるごとに大胆な横領を繰り返していくのだが、銀行という特殊な空間で繰り広げられる金の流れとテンポ良い会話など緩急自在なスピード感は『桐島、部活やめるってよ』でも披露した吉田大八監督ならではの真骨頂で一瞬たりとも目を離す事が出来ない。特に、主人公の罪悪感を軽く刺激する映画オリジナルの若手銀行員を演じた大島優子が実に良かった。
さて、前述した主人公の逃走シーンの後にタイに逃げたその後が描かれるのだが、正直この後日談は無い方が良かったと思った。吉田監督は本作を作るにあたり、「爽やかに破滅していく女性の物語」という基本コンセプトがあったから、このラストも分からないではないが、映像とした場合、走りながら後ろを振り向く宮沢りえのアップで暗転・エンドクレジットの方が情緒的に終われたと思うのだが…。勿論、これは人それぞれ好みの問題である。話は変わるが、今年1月にNHKで放送された5話完結のドラマ版(原田知世主演)をまだ未見だったが、この機会に見たいと思う。
「受け取ったら多分、何かが変わっちゃうよ」「変わらないよ何も…たかが200万円だもの」横領したお金を渡す時に交わされる池松壮亮と宮沢りえのセリフ。