海街 diary
海の見える街を舞台に、四姉妹が絆を紡いでいく。深く心に響く、家族の物語。
2015年 カラー ビスタサイズ 126min 東宝、ギャガ配給
エグゼクティブプロデューサー 小川春、大村信、上田太地、小竹里美 監督、脚本、編集 是枝裕和
原作 吉田秋生 撮影 瀧本幹也 音楽 菅野よう子 照明 藤井稔恭 美術 三ツ松けいこ
出演 綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、加瀬亮、鈴木亮平、池田貴志、坂口健太郎
前田旺志郎、キムラ緑子、樹木希林、風吹ジュン、リリー・フランキー、堤真一、大竹しのぶ
(C) 2015吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ
第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013受賞した、吉田秋生のベストセラーコミックを、この作品をどうしても自分の手で…と熱望し、2013年カンヌ国際映画祭審査員賞をはじめ数々の賞に輝いた『そして父になる』の是枝裕和監督が映画化。今、一番見たい“四姉妹”が実現した。四姉妹が織り成す清新でリアルな絆を描き、性別、世代を超えて熱狂的な人気を集めるコミック「海街diary」。神奈川県の鎌倉の四季を映しながら、母親の違う妹を引き取った姉妹たちの一年を丹念に描く。そんな是枝監督のもとに、今を咲き誇る女優たちが集まった。四姉妹を「映画 ホタルノヒカリ」の綾瀬はるか、『モテキ』の長澤まさみ、『パズル』の夏帆、テレビドラマ『幽かな彼女』の広瀬すずが、幼かった長女・次女・三女を置いて再婚した3人の実母を『一枚のハガキ』の大竹しのぶが演じる。ほか、『容疑者Xの献身』の堤真一、『はじまりのみち』の加瀬亮、『魂萌え!』の風吹ジュン、『そして父になる』のリリー・フランキー、『歩いても歩いても』の樹木希林といった是枝作品の常連が脇を固めている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
長女・幸(綾瀬はるか)、次女・佳乃(長澤まさみ)、三女・千佳(夏帆)は、鎌倉で三人一緒に住んでいた。そんな彼女らのもとに、ある日、15年前に家を出て疎遠になっていた父の訃報が届く。三人は父の葬儀が行われる山形に向かい、母親違いの妹・すず(広瀬すず)と初めて対面する。身寄りをなくしたすずはどうしようもない大人たちに囲まれながらも、一人毅然とした態度を見せていた。そんなすずに幸は、鎌倉に来ないかと言う。こうして、すずを入れた四姉妹の暮らしが始まった。しっかり者の幸と自由奔放な次女の佳乃は何かとぶつかり合い、三女の千佳はマイペース、そんな三姉妹の生活に、すずが加わった。季節の食卓を囲み、それぞれの悩みや喜びを分かち合っていく。しかし、祖母の七回忌に音信不通だった母が現れたことで、一見穏やかだった四姉妹の日常に、秘められていた心のトゲが見え始める。
終わってからも、もっと観ていたかったな…と、思う是枝裕和監督、良質の逸品に出会う。私事ではあるが、以前、鎌倉の漁師町(腰越)に住んでいたことがある。キラキラ波光煌めく真夏の海より、薄曇りの空と一体化した乳白色の海が鎌倉らしくて好きだった。是枝監督は『海街diary』で、由比ヶ浜を柔らかな春の陽射しに置く事で、まるでルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』に出てくる海のように絵画的な印象を与える。(瀧本幹也カメラマンの繊細な色彩感覚に脱帽)そういえば、菅野よう子が手掛けたストリングスをメインとしたスコアだって、グスタフ・マーラーの第5交響曲を彷彿とさせるではないか。鎌倉の古びた一軒家に住む三姉妹の元に届く父の死の知らせ。かつて他の女を愛し、家を出て行った父の葬儀。参列する、しないで朝から揉める長女さちと次女よしののやり取りに微笑ましさを感じる。結局、皆で参列することとなった姉妹は、そこで初めて異母兄弟の妹すずと出会う。取り乱す義母(父の三番目の再婚相手)の代わりに気丈に振る舞う身寄りが無くなった妹に長女は言う。「私たちと一緒に暮らさない?」そこから四姉妹の共同生活が始まるわけだが、取り立てて事件と言えるような事が起こるわけでもなく、すずの葛藤も心の内に秘めて静かに過ぎてゆく。
『歩いても、歩いても』では父と息子のわだかまりを『そして父になる』では父と子の関係を根源から問うてきた是枝監督だったが、本作では家庭を棄てた父は不在で、長女は何故か家庭を壊した父とその恋人との間にもうけたすずを引き取る。劇中で彼女たちの叔母が言う「あの娘は、あんたたちの家庭を壊した女の子供だよ」というセリフが一般的な見方であろうに…。一体、彼女の真意はどこに?ひとりぼっちになったすずを見たとき、今まで妹たちを父親代わりに守ってきた長女(頼りない母親は鎌倉から遠く離れた札幌で住んでいる)の胸に去来したものは母性ではなく、明らかに父性だったように思える。小さかったから殆ど父の記憶がないという三女と違って父が自分たちを捨てて出て行った時の記憶がありありと残る長女の思いは長年わだかまりとなって、母を含む近親者たち(彼女にとっての大人たち)から一歩距離を置き続ける。こうした家族の在り方は『誰も知らない』から一貫して描かれる是枝監督テーマだ。
タイトルが示す通り、吉田秋生の原作で描かれるのは海が身近にある街(江ノ電の極楽寺)に住む姉妹の日記的な情景。やれ、自分の服を勝手に着るなだの、ご飯をかきこむな…だの四姉妹が日常で交わす気のおけない小さな小言が繰り広げられる是枝監督の真骨頂とも言える食卓シーンは、いつもながら見事な完成度で、思わず顔が綻ぶ。
四姉妹を演じた女優陣の素晴らしいアンサンブル…しっかり者の長女を演じた綾瀬はるかと、性格がかなり大雑把な次女・長澤まさみの口ゲンカ…そんな騒音をほぼ気にも留めていない三女の夏帆が最高のバランスで、それぞれの個性を出し切った最高の組み合わせとなっていた。そして、特筆すべきは、すずに扮した広瀬すずの精一杯の一生懸命さ。姉たちの前では遠慮しがちだが、サッカーグラウンドでは見違えるほど前に前に出て行く必死の表情が何とも可愛い。
「生きているものは、みんな手間が掛かるの」庭にある梅の木を手入れする苦労を話しながら妹のすずに生きる事の苦労を伝える。