三十九枚の年賀状
忘れえぬ想いを、時間が優しく包んでゆく。
2008年 カラー ビスタサイズ 114min 図師映像演出所
プロデューサー 竹本克明 制作、監督、脚本 図師三千男 企画製作 松尾高良 撮影 恒田嘉弘
美術 黒木究 編集 斉藤和彦 音楽 櫻井順 主題歌 川口真、小出博志 美術 中村雅光
出演 夏未エレナ、颯太、麻生祐未、風間トオル、美木良介、松本明子、温水洋一、水沢アキ
梅津栄、東国原英夫、松山メアリ、若宮優子、水木大介、大江泰子、吉田大蔵、久保田智也
『三十九枚の年賀状』オフィシャルサイト http://www.office-new-ta.co.jp/39nenga/top.html
太平洋戦争が終幕に近づいていた頃、九州・宮崎の山間の町。そこには、人が人を思いやり、貧しささえ分け合うほど温かさに満ちた暮らしがあった。敗戦のわずか三日前、町で鍼灸院を営んでいる星稔(美木良介)の家に、本隊に合流する途中、倒れた仲間のために若き兵士・河村(颯太)が助けを求めて来た。その家の一人娘.ユリ枝(夏未エレナ)は、その一夜に出会った兵士に、淡い恋心を抱いてしまった。三人の兵士は、これから特攻隊員として出撃する運命だったが、ユリ枝は三人のために一晩かけて特攻人形のお守りを作って渡すのだった。去ってゆく河村の後ろ姿をずっと見守るユリ枝だったが、ほどなく終戦を迎え、日本は復興へ向けて歩み出す。そんなある日、星一家の元に河村から一通の年賀状が届く。河村は生きていたのだ…それから、ユリ枝と河村は自分の気持ちを告げる事無く年賀状のやり取りを続けて行くのだった。そして40年目のある日、河村の一人息子がユリ枝の元を訪ねて来る。
久しぶりに正攻法の映画を観た。最近の日本映画には無い真正面から戦中・戦後を生きてきた人々の姿を描いているCM界の重鎮・図師三千男監督による渾身の作品だ。オープニング、画面いっぱいに映し出される少女たちの記念写真。日本の敗戦が誰の目にも明らかになっていた終戦間近に、少女たちは屈託の無い満面の笑顔で写真に収まっているのだ。この先、日本がどうなるのかすら予想も出来ない中、どうして彼女たちは、そんな表情が出来たのだろう。いや…少女たちだけではない、そこに暮らす人々は皆、地面に踏ん張って逞しく生きているのだ。美しい山々に囲まれた宮崎県にあるのどかな田園風景からは、戦時中である事が想像出来ない。豊かな自然からすると人間の争い事なんか些細なこと…なのだろうか?それが、突然、機銃掃射と共に低空で襲ってくるグラマンの影と倒れ込む人々の姿で、それまでの静寂は全て掻き消され…“あぁ、今は戦争中なのだ…”と思い知らされる。いや、戦争の怖さというのは、リアルには、そういうものなのかも知れない。最前線にいない大多数の人々は爆発や炎から無縁の場所で過ごしている。しかし、空の向こうや海の向こう、山の向こうには確実に戦闘が繰り広げられている事を知っているのだ。戦後に生まれた世代には、突然空から自分たちを殺そうと飛行機が迫ってくる…恐怖なんて想像する事が出来ない。なのにだ…本作に出てくる人々の表情には、明日を憂う陰は一切見られないのだ。図師監督は、その時代に生きた人間…というよりも、「人間はどんな逆境に対しても“何とかなる!”と希望を抱ける力強さを持っており、そんな強さを描きたかった」のだという。
暗いはずのこの時代、人々がお互いに助け合って明るく生きていたという事を象徴する忘れられないシーンがある。夏未エレナ(この子はスゴイ!新人とは思えない豊かな演技力に、ただただ脱帽!)演じる主人公・ユリ枝が、日々の糧すらままならぬ親友のために、家に干してあったトウモロコシを持ってきてあげる。「ありがとう…」と受け取る友人が、次に言うセリフがショッキングで胸を締め付けられる。盗んだと思われると困るから、トウモロコシに名前を書いて欲しい…と頼むのだ。そんな似たようなエピソードは、当時どこでもあったと図師監督は語る。そんなユリ枝の家も決して裕福なわけではなく、米櫃の中に米が無くなって、誰に分けてもらおうかと相談する程だ。なのに、父は優しく、母は強く、家族を包み込んでいる。比べてみると、裕福になった現在の日本は、いかに心が貧しくなった事か…。最近では“平和ボケ”という言葉すら聞かなくなったが、世の中が平和に馴れた反動が個々の生活の中に悪い形として現れている気がしてならない。…だとすると、人間というのは本質的に争いを求める生き物なのだろうか?…というやりきれない結論に至ってしまう。
ここで描かれている生活が貧しくとも、人の心が豊かで逞しかった時代に、若き主人公ユリ枝(本作の原作者であり図師監督の実姉でもある三浦百合子自身)は、終戦の数日前、若き特攻隊員と出逢う。その兵士に淡い恋心を抱きながらも、“好き”という気持ちを表すことなく“特攻人形”という毛糸で作った人型のお守りを渡して死地に送り出さなくてはならない悲劇。結局、その3日後に終戦を迎え、その兵士は生き延びる事が出来たのだが…二人は、だからと言って再会する事なく毎年、年賀状のやり取りだけで、辛うじて交流するに留まる。今の若者なら“なんで?”と思うかも知れない。戦争という共通の体験には、そう簡単に割り切る事が出来ない心の傷を深く与えていたのだ。ラスト近くで、正に現代を生きる子供たちに向かってユリ枝が語る“特攻人形”の話しが心に残る。。
「こん写真の中…貴女はおんなさいますか?」冒頭、少女たちの色褪せた集合写真が映し出され麻生祐未のナレーションが被さる。私たちの母や祖母は、確実にこの時代を生き抜いて来たのだ…と改めて思うセリフだ。