「正直、自分の事を描いている映画だから感想を聞かれるといつも照れくさいのだけど…やっぱり自分の描いたキャラクターが動いて、そこに別所さんが命を吹き込んでくれたのを観ると嬉しいですよ。」とにこやかに『TATSUMI』の感想を述べる辰巳ヨシヒロ氏。初めて完成された作品を観た時に、思わず涙がこぼれてしまったそうだ。それでも初めてエリック監督から映画化の話しを持ち掛けられた時、実はあまり信用していなかったという意外な答えが返ってきた。「今まで映画化の話しはアチコチからいただいていたのですが実現せずに終わったりして…だから今回もあまり期待していなかったんですよ。」(唯一、スコットランドで短編映画として1作品だけ完成しているらしいが、まだ観た事がないそうだ)という辰巳氏だがエリック監督の3時間にも及ぶプレゼンテーションによって映画化を許諾。決め手は「エリック監督の才能を信じた」の一言に尽きるという。昭和30年代に“大人が読める漫画”をコンセプトに「劇画」という新風を巻き起こしたご自身だけに、アニメーションの型にはまっていないエリック監督のイマジネーションに共通するものを感じたのだろう。完成した作品を観てまず最初に辰巳氏が感じたのは本編と絡む短編作品の構成が上手いという事。「短編の扱い方(挿入する順番)にしても全部計算されている事と、長編の『劇画漂流』から抜粋したエピソードも読み込んでくれたのが良く分かるので嬉しかったですよ」今回、エリック監督が『劇画漂流』を実写ではなくアニメという技法を採用された事について高く評価されている辰巳氏。「あの時代の雰囲気を出すには実写じゃもう無理なんですよね。」エリック監督にとっても初めてのアニメーション作品だったというが、その挑戦は成功だったと言えるだろう。戦後の混乱期から昭和30年代にかけて町のいたるところに残っていた危うさや言葉に表せない怖さといった雰囲気がアニメーション(しかも今どきのアニメではなく劇画の風合いをそのまま活かした)によって見事に再現されていたのは確かだ。もっと言えば、本作が日本の監督ではなく外国の監督が手掛けた事によって、変な先入観を持たずに純粋な辰巳ワールドを実現出来たのかも知れない。「本当に僕自身、満足している素晴らしい作品だと思います。まだまだ日本では、アニメーションというと子供向きと思われていますが、この映画は是非多くの大人の皆さんに観ていただきたいですね」


 そして、こうした絶望と怒りが交錯する戦後日本の混沌とした世界を生きる住人たちに命を吹き込んだ別所哲也氏の功績無くしては、ここまでのクオリティーは成し得なかったであろう。辰巳氏は、冒頭間も無く紹介される短編『地獄』の中で主人公が“私は心の中に地獄を見た…”と言う言いまわしが、思い描いていた通りだったので感動のあまり目頭が熱くなった…と述べているほど。「まずシンガポールから日本の劇画作家・辰巳先生の作品を題材とした映画を作りたい…というお話しをいただいた時、国際的なプロジェクトとして実に興味深く感じた」という別所氏。更に、今まで声優の経験はあるものの一人七役も演じるという大役について、自分の中での挑戦として引き受けられたという。実際に出来上がってきた作品を観て、「これはとてつもない映画だと改めて感じた」という別所氏は七役を演じ分けるにあたって、昭和という時代背景や辰巳氏の作風やスタイルを自身の中に取り込み、血と肉に変えるまで作品や当時の資料を何度も読み返したという。こうした徹底した役作りを行ってからシンガポールで二日半という短い日程の中でエリック監督と協議を重ねアフレコに臨んだという。まだ全ての絵も完成していない中でのアフレコ作業はストーリーボードでの説明を受けてイマジネーションの世界で行われた。「ただ声のトーンを上げたり下げたりするのではなくエリック監督が求めるキャラクターが持つ性格や生活環境を表そうと必死でした(笑)」と語る別所氏だが、エリック監督は殆ど一発でOKを出されたという。近年、日本の原作を海外のクリエイターが映画化する傾向が増えてきており、昨年も村上春樹の短編『パン屋再襲撃』をキルスティン・ダンスト主演でメキシコの監督カルロス・キュアロンが手掛けたのが記憶に新しい。ショートショート フィルムフェスティバル & アジアという米国アカデミー賞公認のショートフィルム映画祭を主宰されている別所氏はこうした現象について「もっと、こういう事があるべきだと思います」と言及される。「国境を越えて、同じスピリットが繋がっている者同士が仕事をすべきですね。実際、辰巳先生の作品は世界中に大勢のファンがいるわけですし…改めて国境を越えて行けるのがアートや映画といった芸術の分野だと思います。」感性が同じ仲間が集まって国際交流が当たり前のように出来るようになれば、今まで見た事や聞いた事がない新しい文化が生まれるかも知れないのだ。

取材:平成23年10月23日(日)株式会社パシフィックボイス スタジオにて




Produced by funano mameo , Illusted by yamaguchi ai
copylight:(c)2006nihoneiga-gekijou