吉祥寺を舞台に、触れると会いたい人の幻が見えるという花に関わった人たちの数日間を描いた群像劇が完成した。武蔵野市吉祥寺を拠点にした「ムサシノ吉祥寺で映画を撮ろう!」プロジェクトの三作目となる『あんてるさんの花』は、都会の一画で生活する人々が体験する心温まるファンタジーだ。5月下旬にドイツのハンブルクで開催された日本映画祭で上映され、いよいよ吉祥寺バウスシアターでの公開を直前に控えた本作。「10日間という短い期間で、勢いで撮影した部分がありつつも僕の中でしっかり撮れたな…という充実感がある作品になりました」と撮影時を振り返る宝来忠昭監督に、現在の率直な思いを訊ねてみた。

 中学時代に岩井俊二監督の『Love Letter』をビデオで見た時、「こんな映画を作りたい!」と思ったのが映画監督を目指した最初だったと語る宝来監督。確かに表現手法は異なるものの随所に岩井監督にインスパイアされたと思しき、優しくナチュラルな映像が見られる。「プロデューサーの松江さんから吉祥寺を舞台にした映画を作りたいんだとお話をいただいた時、吉祥寺の宣伝映画にだけはならないようにしよう、と思ったんです」画面の中に吉祥寺の風景を入れる事に神経を向けるのではなく「逆に登場人物たちが街で違和感なく生活しているような画(え)作りだったりとか、撮影ポイントを見つける方が良いと思ったんですね」と語る宝来監督。色々なものを詰め込まない(欲張らない)姿勢で撮影に臨んだという。「ちゃんと映画として成立していれば吉祥寺の観光スポットを入れなくても魅力的に映るのではないかと…まぁ私の経験も浅いので器用な事が出来なかったのも事実なんですが(笑)」確かに映画を観ても吉祥寺という街が全面に出ていないという印象がある。むしろ、吉祥寺で何年か暮らしていた自分が通りを歩いているような…そんな感じで観客が自然と作品に溶け込む事が出来るのだ。スタッフから“現場の空気感で演出をするタイプ”と言われている宝来監督は、敢えて最初から役のイメージを注文するのではなく、現場の空気感と出演者の演技に違和感が無いか?を見ながら決めるという演出方法を取っている。「モニターで見ていて感動するシーンだったら私自身が感動出来るはずですから…そこで違和感を感じたら一緒に原因を追求して解明していくようにしています」そんな演出方法が様々な表情を持つ吉祥寺での撮影にピッタリとハマっていたのかも知れない。

 「吉祥寺という街について色々な表情のある街。だからこそ今回のようなオムニバスに向いている」普通の居酒屋をやっている人もいれば、演劇や音楽を志している人もいる…そんな色々な要素がひしめき合っているのが吉祥寺の面白さだと宝来監督は分析する。そんな『あんてるさんの花』で心に残る印象的なシーンがある。柳めぐみ演じるミュージシャンのちさとが、このまま歌を続けていくべきか迷っている時、かつてのバンドメンバー直美が現れて苦言を呈する。いつの間にか売れる曲作りばかりを考え本来の自分らしさを見失っていたちさとが、忘れかけていた歌への情熱を胸に新曲を披露する一番の見せ場だ。実はこのシーン、曲も歌詞も出来たのは正に撮影直前でバンドとの音合わせの時間が無いという事で宝来監督が選んだ手段はアカペラで歌わせる事だった。その結果、彼女の思いが伝わってくる素晴らしいシーンに仕上がったのだ。このエピソードは宝来監督の映画制作に対する思いと共通しているのではないだろうか?そう感じたのは監督が語った次の言葉からだ。「自主映画を撮っていた頃、自己満足の世界に陥っていた自分に気づいて、一度そこから脱却しようとした時期もあったのですが、最終的に自己満足すら出来なくてはダメなのでは?と思ったんですよね」つまり、多くの人たちに観てもらうには、まず自分が面白いと思える映画であるべき…という事。最後に宝来監督が語った「お客さんが映画館からの帰り道、“良かったな”という一言が出る、そんな観た人が前向きになれる映画を作りたい」という言葉が印象に残った。


宝来忠昭/Tadaaki Horai 1978年、福岡県飯塚市生まれ。
学生の頃に観た岩井俊二監督作『Love Letter』で映画の道を志す。立命館大学在学中から自主映画を撮り始め、卒業後に映像の世界へ入る。山口雄大監督作『漫・画太郎SHOE ババアゾーン』に助監督として参加。その後、自主制作映画の音楽を担当された松江勇武より声を掛けられ『あんてるさんの花』にて長編デビューを果たす。今年公開された『すべての女に嘘がある』を続けて監督する一方で、PV、TVドラマ。CM等、現在目覚ましい活躍をしている。
【宝来忠昭監督作品】

平成23年(2011)
あんてるさんの花

平成24年(2012)
すべての女に嘘がある




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