緑子/MIDORI-KO
大丈夫だよ、私が守ってあげるから…
2010年 カラー HDサイズ 55min ミストラルジャパン配給
監督、脚本、撮影、美術、絵コンテ、キャラクターデザイン、編集 黒坂圭太
プロデューサー 水由章 音楽 坂本弘道 SFX/VFXスーパーバイザー 昼間行雄
出演(声) 涼木さやか、ゆうき梨菜、チカパン、三島美和子、あまね飛鳥
木村ふみひで、河合博行、山本満太
『緑子/MIDORI-KO』オフィシャルサイト http://www.midori-ko.com/
(C)2010 Keita Kurosaka/Mistral Japan
20XX年、東京都内某所。再開発が進む商店街の廃墟に、秘密の研究所があった。そこでは来るべき食料危機に備え5人の科学者たちが、ヒトとヘチマを交配させ、野菜と肉を兼ねた“夢の食物”の開発に取り組んでいた。しかし研究は行き詰まるが、ある晩、夜明け前の研究所に一筋の光が差し込む。それは、1万年に1度だけ地上を照らす“マンテーニャの星”だった。その大いなる力により、夢の食物“MIDORI-KO”が誕生する。その肉は大変美味だが、外敵から身を守るために高度な擬態能力を持っており、最初に出会った相手に情愛をゆさぶるフェロモンを発散する。科学者たちは歓喜するが、MIDORI-KOは食われることを拒否し、研究所を脱走してしまう。科学者たちは血まなこになって、どこかに飛び去ってしまったMIDORI-KOを捜しまわる。同じ町内で同種の研究をしている××大学農学部研究生のミドリという女性が、MIDORI-KOを飼育していることを突き止めた科学者たちは、密かにMIDORI-KOを奪い返そうと目論む。しかしミドリのガードは堅く、なかなか近づくことができない。そして食欲旺盛なアパートの住人たちも、隙あらばMIDORI-KOを食おうと狙っていた
野菜が大好きなミドリちゃんが「お肉の無い国に行きたい」と神様にお願いするメルヘンチックなオープニングから一転…。うわっ!何だこりゃ!と思わず叫びたくなるような食への本能を剥き出しにしたクリーチャーたちが繰り広げる阿鼻叫喚のカニバリズム。日本におけるアートアニメーション界の巨匠であり世界中に多くの熱気的なファンを有する黒坂圭太監督が10年以上もの歳月をかけて全て色鉛筆による手描きのドローイングで完成したのが『緑子/MIDORIKO』だ。舞台となる銭湯を増築したアパートやトタン屋根の家屋が並ぶ町の風景は、黒坂監督が幼少の頃に見た建物の記憶を基に描き上げた映像だという。それらは、どこか懐かしく…と同時に子供心に感じていた街に存在していた得体の知れないまがまがしい怖さも思い出される。多分、子供の目で見た街の裏通りや袋小路の印象は黒坂監督が色鉛筆で描いたそのものだった(気がする)。成長したミドリが住む部屋のカビ臭さや埃っぽさがスクリーンから漂ってくる独特のタッチ…一方で建物の地下にある巨大な堆肥工場などは子供時分に見た悪夢にも似ている。実は、この建物は住人たちの排泄物が水路を流れて階上の菜園に噴霧されており、まるで巨大な生き物のようになっているのが興味深い。何が製造されているのか分からないまま、ゴウンゴウン響く水車の重低音はまるで心臓のように響いてくる。黒坂監督は、「子供は危ないから入っちゃいけない」と言われた場所に、コッソリ入った記憶を呼び覚まし、更に怖いもの見たさで恐々その先へと足を踏み入れた…あの頃のドキドキした感覚を思い起こさせるのだ。
手描きによる不均一な線が画面にノイズを生み出し、そのノイズは主人公の鼓動や息遣いとなる。そうだ…まさに本作のテーマは「生命」であり、生きるために必要な「食」と「排泄」は黒坂監督が今までに手掛けてきた全ての作品で繰り返し描いている「生命」の普遍的な行為そのものだ。科学者たちが作り出した新種の食物MIDORI-KOが劇中、膨大な量の排泄物を出す場面があるが、まさに、その瞬間こそMIDORI-KOの生命力がほとばしる力強さを感じる。だからだろうかグロテスクな場面や奇天烈なクリーチャーに対して目を背けたくなるよりも、思わずクスッと微笑ましくなってしまう。それは間違いなく本作に登場する者たち(黒坂監督のほぼ全作に共通して描かれているのだが…)が全て生きる事に対して純粋だからだろう。また劇中、MIDORI-KOを見た女子高校生やアパートの住人たちが「美味しそう」とかぶりつく場面が何度も出てくる。黒坂監督は「舌は美味しいものをより美味しく食べる欲望の象徴」と語っているが、確かに生きるために必要な「食」に対して「食欲」は人間の罪深い心理…人間が文明を手にした瞬間から「食」は楽しみへと変貌し、人間は罪を重ねて生きている生き物なのだ。
「これがお前たちの正体なんだよ!」ラストでミドリが叫ぶ。罪深き人間たちへ向けられた生きるための食とは何か?を改めて考えさせられた。