大好きな韓流スターのファンミーティングのため、はるばるソウルまでやって来たのに寝坊してしまった櫻井淳子演じる日本の追っかけオバサン。そこからタクシーの運転手を巻き込んで韓流スター行きつけの場所を転々とかけずり回る主人公の大冒険が始まる。“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2011”で旅をテーマとした日韓共同プロジェクトのショートフィルム『スーパースター』を観終わった時、思いがけない傑作との出会いに、しばらくは笑みが消えなかった。周囲からウザいと思われながらも我が道を突き進む中年女性の姿をリリカルに描きあげる卓越したセンス。手掛けたのは本作がショートフィルム3作目となる萩原健太郎氏だった。場内が明るくなるや会場にいた萩原監督を見つけて、「次回作を発表する際は是非、取材を!」と挨拶してから3年…筆者が待ちに待った新作ショートフィルムが今年の映画祭で公開された。

 水族館でデートするカップル。水槽の熱帯魚を眺めながらムードが盛り上がり、男の唇が女の子の唇に近づく…そこにタイムアップを告げるピッピッピッというアラーム。「ゴメン時間来ちゃった。延長する?」という彼女の言葉に仮想世界から現実へ戻される。萩原監督の新作『FAKE』は、今ちまたで話題のレンタル恋人という特殊な世界で働く女性側の視点で主人公の孤独感を表現した優れた逸品となっていた。総合エンタメアプリUULA[ウーラ]とShortShortsがミュージックShort部門に新設したUULAアワードにて特別上映された本作は、Every Little Thingの“Time gose by”をテーマにして広瀬アリス演じる主人公が男性客に惹かれ、新しい一歩を踏み出そうとした時に突きつけられる現実を描くほろ苦いラブストーリーだ。

 『スーパースター』と『FAKE』に共通しているのは、それぞれ世代の違う二人の女優のアイドル性を柔らかくくすぐりながら、彼女たちのプリミティブな心理と、関わる人たちとの交流をサラリと描いている点だ。「二人とも何かしら問題がありますよね?前者は40代独身で韓流スターの追っかけをしていて一人でソウルにやってくる。後者は可愛いのに大学に行きながらお金で恋人を演じるバイトをしている」萩原監督は自身の作り上げたキャラクターについて次のように語る。「二人とも良い人ではない…とっても小さな人間。それがイイ。みんな自分の小さいところを気づかないフリして生きている。僕は隠しているものが剥がれた瞬間に見せる表情を捉えたいのです。だからいつも女優さんに要望するのは感情を露わするのではなく、感情を押し殺す演技。人って泣こうとしたら我慢するじゃないですか?その先にあるものって、すごく人間っぽくて面白いと思うのです」確かに両作品で二人の主人公が決定的な挫折を味わった後に違った感情がポッと出た瞬間、我々はある種のカタルシスを感じた。想定外の出来事に呆然となって、ふと我に返った時の彼女たちは何とも言えない愛らしさに満ちており、そこが萩原監督の狙っていたところなのだ。

 両作品に出てくる主人公が実にチャーミングだが、萩原監督は映画作りにおいてキャラクターを掘り下げてどのように多面的に見せるか…という事が最も重要だと語る。「好きな映画を思い返してみると、どれもキャラクターが魅力的ですよね。観る人によって主人公の見え方が違うはずですから、より客観的に色んな面を見せる事を考えています」例えば『FAKE』の詩織を恋愛依存症という設定にしてから徹底的に恋愛依存症について調べ上げたという。そういう娘は甘いものに依存する傾向があるから、詩織の部屋は色付きのポップコーンが散乱しているというシーンが誕生したのだ。散らばったポップコーンの中で寝転ぶ主人公を真俯瞰から捉えたこのカットから、日中の詩織との格差と孤独感が如実に表現されていた。「ショートフィルムという短い時間で観客に伝えるためにもワンカットにどれだけ情報を盛り込むか」萩原監督はセリフだけではなく映像の端々に至るまで登場人物の思いを反映させた仕掛けを施している。

 その中でも萩原監督が上手いのは小物の使い方。『スーパースター』では主人公が常に握りしめている韓流スターの手作り応援ウチワ。ラストでは薄汚れてしまうそのウチワが、彼女が抱く心境の変化を反映したツールとなる。『FAKE』では最初のデートで緊張をほぐすために男性客が飲んでいたハーブティーが後半では詩織の心境を表すツールとして登場。「これも短い時間で映像で伝えるための方法ですが、観客がそこに気づかずに見過ごしてもイイと思っています」つまり、全て答えを提供するのではなく観る側に考える余地を作るのも大切というのだ。「言葉ではなく映像で伝えるため脚本もト書きが多いとよく言われます」と笑う萩原監督にとって十年来コンビを組んでいる脚本家の藤本匡太氏の存在は重要だ。萩原監督が考えたあらすじとキャラクターを藤本氏が全体構成を組み立てて脚本を作り上げる。「僕が直感で作り上げたストーリーとキャラクターを彼に伝えると、キレイに整えてくれるので助かります」

 元々、俳優志望だった萩原監督が映画監督を目指したキッカケは井筒和幸監督作品“のど自慢”に出演した時のこと。「現場を指揮する井筒監督が、とにかくカッコ良かったんです」その後、アメリカに渡り映画専門学校に入学するのだが「始めたらハマってしまって…毎日が楽しくて仕方なかった」というほど映画制作にのめり込んだという。7年後、大学院に進むべきか迷っていたところに現在所属する映像ディレクター集団“THE DIRECTORS GUILD”と出会い数多くのCMを手掛ける。そんな萩原監督が映画制作において常に意識しているのは「観る人の感情を動かす脚本作り」。そのためにも映画の主人公が新しい体験をする物語に観客がシンクロ出来るようなキャラクター作りが大事だと語る。ショートフィルム、長編、CMに限らず映像ならば何でもやりたいと語る萩原監督が、今一番実現したいものは、昨年のサンダンス映画祭においてSundance/NHK賞を取った長編脚本の映画化だ。天才クイズ少年が転校してきた少女に恋をして正解の見えない恋を体験するという物語。「観客が劇中のキャラクターに共感して主人公と同じ体験をしている気持ちになる…そんな映画にしたいですね」と思いを述べる。今まで主人公のむくわれない思いをウエルメイドな構成でセンシティブに描いてきた萩原監督らしい題材だけに、何とか実現してもらいたいと願う。

取材:平成26年7月9日(水) THE DIRECTORS GUILD オフィスにて


萩原 健太郎/Kentaro Hagiwara 1980年、東京生まれ。
THE DIRECTORS GUILD所属。Art Center College of Design卒業後、ショートフィルム、TVコマーシャルの演出を中心に活動中。『Pomegranate』(2006)、『Pearl』(2007)で2年連続ショートショート フィルムフェスティバル & アジアに入選。2011年には、同映画祭の日韓観光振興プロジェクト特別製作作品として『スーパースター』を監督。2013年サンダンス映画祭にて、初の長編脚本『Spectacled Tiger』がSundance/NHK賞を受賞。“ショートショート フィルム フェスティバル & アジア 2014”ミュージックShort 部門で特別上映された『FAKE』は、現在UULAにて独占配信中。
【萩原健太郎監督作品】

平成23年(2006)
Pomegranate

平成23年(2007)
Pearl

平成23年(2011)
スーパースター

平成26年(2014)
FAKE




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