今年に入って、3本の興味深い映画を観た。アカデミー賞女優ケイト・ブランシェットの名演が光る『キャロル』、名匠トム・フーバー監督が手掛ける『リリーのすべて』、名優ジョン・リスゴーとアルフレッド・モリーナの競演が見どころの『人生は小説よりも奇なり』である。この3作品に共通するのは「LGBT」というテーマを正面から描いている…という事だ。「LGBT」とは、レズビアン(=L)、ゲイ(=G)、バイセクシュアル(=B)、トランスジェンダー(=T)といったマイノリティの人々を意味する頭文字からなる。この言葉を耳にするようになったのは、昨年、渋谷区が全国で初めて「同性パートナーシップ条例」を制定したというニュースから。それまでも数多くの「LGBT」の人々を描いてきた映画は数多くあった。例えばオードリー・ヘップバーンの『噂の二人』とかニコール・キッドマン主演の『めぐりあう時間たち』そしてアカデミー監督賞他を受賞した『ブロークバック・マウンテン』等が、有名どころ。ただ、どうしても観客側の認知度の低さや勉強不足から理解度は低く、どうしても別の世界の話…という印象は拭いきる事が出来なかったのも事実。ところが最近の風潮としては、もっと観客の目線と同じ高さ…つまり、自分のすぐ隣にもそういう人たちがいるのだ…という等身大で描かれた作品が増えているように思える。

 10年前に比べて身近に感じられるようになった「LGBT」を、もっと理解してもらうためのイベントが、東京ウィメンズプラザで3月5日に開催された。ショートショート フィルムフェスティバル&アジア(以下SSFF)が昨年より立ち上げたブックショートと東京国際文芸ファスティバル2016が提携した「Rainbow Books & Films 〜 LGBTの過去・現在・未来 〜」である。世界にはセクシャル・マイノリティをテーマとした映画祭は150以上あると言われているが、映像と文芸…そして政治の側面から3人の有識者が「LGBT」への思いを語るイベントは初めてではないだろうか?ほぼ満席状態の会場の9割が女性で占められており、「LGBT」に対する女性の関心と意識の高さを窺い知る事が出来た。映画界からは『二十才の微熱』『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』等の名作を世に送り、昨年公開された『恋人たち』の評価も高い橋口亮輔監督が参加。また元タカラジェンヌで東京ディズニーリゾート初の同性結婚式を挙げたことでも知られるLGBTアクティビストの東小雪さんが、文芸の世界で「LGBT」が描かれている3つの小説を紹介。そして、全国で初めて「同性パートナーシップ条例」を制定(東さんは同性パートナーシップ証明書の発行第1号だ)した渋谷区の長谷部健区長が、政治の目線から、これからの「LGBT」の課題と展望について語ってくれた。

 まず最初に上映されたSSFFの代表を務める別所哲也氏がオススメの2009年製作のショートフィルム『The Queen』が興味深い。クリーニング店で働くゲイの青年が、閉店直前に訪れた女性客の彼氏に胸ときめく心情をファンタジックに描いたコメディ。最初にやってきた女の子には冷たい態度をとっていた主人公が彼女の彼氏が入って来た途端、手のひらを返す従順さを見せるところが面白かった。

 そしてもう1本…珍しいキプロスで作られたショートフィルム『Downhill』は、正に「LGBT」の人たちに対する偏見と誤解を見事に浮き彫りにしていた。息子がゲイと知った母が、その現実にちゃんと向き合う事をせずに、息子の恋人に港まで送ってもらうまでの車中の話だ。13分という時間の中で、愛すること、そして家族とは何か…まで掘り下げており、港に着いた母が船に乗らずに来た道を戻るラストに感慨深いものを感じた。『Downhill』のラストについて橋口監督は、「きっとあの後、お母さんと息子は一悶着あるんでしょうけど、でもお母さんはあの曲がりくねった道を戻って行く。それは人生と一緒ですね」と述べていた。

 その橋口監督が今回のイベントで選んだ映画は、以下の3本。ゲイである事を公言し、マイノリティ差別撤廃に尽力したサンフランシスコ市会議員の軌跡を綴ったドキュメンタリー『ハーヴェイ・ミルク』。日本ではガス・ヴァン・サント監督・ショーン・ペン主演の『ミルク』がヒットしているが、ニュース映像や関係者の証言などから、彼の思いがより伝わってくる。2本目はゲイの人々の悲しみをトーチソングに乗せて描いた大ヒット・ブロードウェイミュージカルを映画化した『トーチソング・トリロジー』。そして、スーザン・サランドン、ナオミ・ワッツ、エル・ファニングの競演が見どころの『アバウト・レイ 16歳の決断』。性同一性障害の娘を持つ母親と、レズビアンであることをカミングアウトした祖母の家族愛を描いた秀作で既に予告編をご覧になった方も多いと思うが、公開を直前に控えながらも突然、公開中止となり未だに上映の見通しが立たないのが残念でならない。


 全体を通して強く感じたのは、今までにない(認められなかった…という方が正しいか)新しい家族の形が、これからの日本で続々と誕生するのではないか…という予感だ。そういった意味において、昨年、東さんが日本初の同性パートナーシップ証明書を発行された事は「LGBT」の人々に対して、社会が大きな一歩を踏み出したと言っても良いだろう。それまで家族と見なされていないために、例えば、パートナーが事故で病院の集中治療室に入ったとしても法的に認められた家族でない限り、パートナーは近くで看病する事すら出来ない。それまで同性愛のカップルは法的には赤の他人…だったのだ。

 東さんが紹介した小説で、小川糸原作『虹色ガーデン』と角田光代原作『ひそやかな花園』の2作品は、まさに家族と、その中にいる自分とは何か…について考えさせられる内容だ。前者は二人のお母さんが子育てをしている家族の物語で、新天地「マチュピチュ村」へと駆け落ちした二人が前向きに生きて行く姿を描く。後者は精子提供で生まれた子供たちが成長して自分の半分を探すという物語。そこで思い出されるのが橋口監督の『ハッシュ!』だ。この作品の大ファンという東さんは、家族の形が精子提供であったり、お父さんお母さんという図式ではない家族を先に見せてくれた事に感動したと述べている。

 橋口監督は、人口の25%がゲイというオランダの首都アムステルダムを訪れた際、ゲイのカップルとの間に一人娘を設けた女性の(まさに『ハッシュ!』の完成形ではないか!)4人家族から話を聞けたのが大きなヒントとなったという。「僕はゲイのカップルで上手く行っているところに女の人が割り込むことで、関係が壊れちゃうんじゃないかって、うがった見方をしていたんですけど、ものすごく調和が取れていてビックリしました」劇中に出てくるスポイトもオランダでは一般的な受精方法のひとつとされており、事実、彼らもその方法で見事!妊娠に成功したという。ちなみに、帰り際、その女性が橋口監督に言った「あなたも父親になれる目をしている」というひと言から、片岡礼子のあの台詞が誕生したそうだ。


 個人的な話しではあるが、私にはゲイの友人がいる。以前、勤めていたデザイン会社で机を並べていた男性である。女性ばかりの職場で男性のデザイナーはたった二人。何かにつけて相談したりされたり…と話しやすい間柄だった。ある日、残業で二人残っていると、改まって「実は、ずっと隠していたわけじゃないんだけど、言わなきゃならない事があるんだ…」と、話しを切り出してきた。私の浅い経験値では、まさか辞めるの?と想像するのが精一杯。次に出てきた「僕はゲイなんだ」という言葉の意味を理解するのに少しだけ時間がかかった。「嫌じゃなかったら話しを続けてもいいかな?」嫌じゃなかったら…その断わりは、今まで彼が、周囲から受けてきた状況を知るには充分だった。その時、私の率直な思いは、「きっと打ち明けるのにすごい勇気がいっただろうに、話してくれてありがとう!!」以外の何ものでも無かった。それから彼は今に至るまでの思いや家族にはまだ話していないこと…を順序立てて丁寧に話してくれた。その日以来、親友となった彼と家族ぐるみで付き合いを続けて、もう20年になる。

 今回、皆さんの話を聞きながら、その時のことを思い出していた。橋口監督が紹介した『ハーヴェイ・ミルク』を追った記録ドキュメンタリーの中で、ミルクと同じ地区の組合員だった人物が地区別選挙の会合で「ホモと一緒に何してるんだと思った」と答えていたが、実はこうしたファースト・インプレッションが、当たり前の反応なのだという事も認識しておかなくてはならない。やがて彼は、ゲイに対する偏見よりもミルクという人物そのものを理解していくうちに次第に考えは変わって行くのだが…。ミルクのいた1970年代はカミングアウトする勇気を持って、世の中としっかり向き合う事から始める時代であった。橋口監督が『二十歳の微熱』を発表した1990年代ですら、公開後には日本全国から、「自分がゲイである事を親にバレて死のうと思ったんだけど、この映画を観て死ぬのをやめました」という手紙が数多く寄せられていた。それから20年以上が経過して、今では家族を持つという…当たり前の生活を送りたいと権利を主張する時代へと変わって来た。

 実際、東さんは「同性パートナーシップ証明書を発行していただいて、私とパートナーは家族になれました。結婚は法律で出来ませんが、結婚生活が送れるようになったのは素晴らしい変化でした」と思いを述べる。そして次はパートナーと子供を産み育てるということを考えているという。今後、渋谷区を皮切りに、これにならう自治体が次々と手を挙げてくるだろう(実際に沖縄や宝塚が追随の動きを見せている)。長谷部区長は「今回、風穴を開けたので、これからどういう風に共感の和が広がるかに注目したい」と語る。だが…果たして人の心まで、そう簡単にスイッチする事は出来るのだろうか?橋口監督が紹介した『トーチソング・トリロジー』の中で主人公が母親に「僕がゲイって事を隠した方が幸せだった?」と問うシーンがあった。彼の元カレは両親に自分がゲイである事を隠し、それが理由で関係が疎遠となっている。この映画では、血のつながりだけが本当に家族なのだろうか?家族は自分で選び取っても良いのではないだろうか…と家族そのものについて考えさせられる会話が繰り返し交わされる。そこには、息子の現実を頭で分かっても心で拒否する母親がいるからだ。

 それでは法が改正されれば全てが解決するのか?…答えはNOだ。法が認めたからと言って、人間の感情がすぐに変わるとは思わない。長谷部区長は「決してこれは当事者だけの問題じゃない。マジョリティ(非当事者)の人たちの意識変革も求められるんです」と述べていたが、まさにそうだと思う。ただ、社会が「LGBT」に対して今よりも偏見が少なくなれば、間違いなく彼らの三世代先の世界では、普通に自分のパートナーが同性である事を紹介出来る社会になっているだろう。いつか倦怠期を迎えたゲイの夫婦とその家族の物語を、皆で当たり前のように普通の映画館で観てみたい…などと思いながら帰路についた。

【オフィシャルサイト】http://www.shortshorts.org



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