6月26日(日)…「ショートショート フィルム フェスティバル & アジア 2016」のクロージングセレモニーが終わって、家に着くなり僕は開口一番「長編が観てぇー!」と、そこら辺にあった“マッドマックス”のDVDを手にとって、夜中の1時まで一気に観た。そんな禁断症状が出るくらい、この1ヶ月はショートフィルムに、どっぷりハマっていた。いや…ショートフィルム以外の映画は敢えて観ないようにしていたのだ。今年の映画祭はとにかく長かった。そのおかげで、予定が合わずに諦めていたプログラムというのは無くなり…そうなってくると全てを観たくなるというのが人間の性分だ。今年ほどショートフィルムを観た事は過去には無かった。

 映画祭も折り返しの6月13日(月曜日)に、久しぶりの明治神宮会館でアワードセレモニーが開催され、今年のグランプリが決まってから、映画祭の後半戦が始まるのも珍しい。大概、授賞式は映画祭の最後に行われるものだが、そのクライマックスが中盤にあるおかげで、見逃していたグランプリ作品を観るチャンスが残されているのが嬉しい。

 グランプリは、ハンガリーの『合唱』というドラマ。合唱コンクールで優勝常連校の音楽教師が、能力の無い生徒にクチパクで歌わせない…という事実を知った子供たちがコンクール当日、ある行動に出るといった実話をモチーフに作られた作品だ。上映時間は規定いっぱい25分…なのに長編を観たような感覚になるのは、クリストフ・デアーク監督が全てのシークエンスから、ほんのひとつまみずつ余分な贅肉をカットするように、根気よく丁寧にシーンを仕上げているからだろう。

 物語は主人公の少女ジョフィーが転校してくるところから始まる。彼女は歌が好きだという事をさりげなく分からせる案配もイイ感じ。そこで彼女はクラスで中心的な女の子リザと親友になる。二人の友情が芽生え育まれるところに、最高のタイミングで挿入される合唱部の教師からジョフィーに告げられる残酷なひと言…「全国大会に出たいなら、もう少し上手くなるまで歌う真似をしていて欲しいの」。この時見せるジョフィーを演じる少女の複雑な表情を見て、こりゃ今年のグランプリは決まったな…と確信する。

 先生の言いつけを守って歌うフリを続けるジョフィーだが、ある日、リザは彼女が歌っていない事に気づく。周囲を注意してみていると、歌っていない生徒が他にも。この事実を知ったリザは教師に問いただす…この作品が上手いのは二人の少女を主軸として、家族や教師、合唱部の生徒たちをサラリと絡めているところだ。まだまだ「ブリリア ショートショート シアター」でも上映される機会があるだろうから、ここから先は書かないが…幾つか予測出来る決着の中でも一番気持ち良いエンディングを創造した監督とスタッフに拍手を贈りたい。


 今年の映画祭は、インターナショナル部門に秀作が目立つ。内容的にもその国が抱える問題を取り上げた社会性のある作品が目立ったここ数年の傾向から作風に変化が表れた(8年前に戻ったような)ようにも思われる。

 歳の離れたお兄ちゃんの事が大好きなまだ幼い妹の健気さを描いたスウェーデンの『アグネス』もさすが『ロッタちゃんはじめてのお使い』を生んだお国柄らしく、家でただお兄ちゃんの帰りを待って、彼女を連れて来たお兄ちゃんに可愛らしいヤキモチを焼く…という仕草を丁寧に捉えた実にキュートな作品だった。

 『バスタブ』というドイツ=オーストリア合作も気になった。3人の男の子がバスタブで撮影した一枚の写真から映画は始まる。いいオヤジになって、それぞれ違う道を歩む三兄弟がお母さんの誕生日に、冒頭の写真と同じシチュエーションで撮影した写真を贈ろうと久しぶりに集まったのだが堅物の長男と問題ばかり起こす次男が、言い合いになる…というコメディ。全編風呂場で裸の男三人がバスタブを出たり入ったりを繰り返しながら、昔の笑顔を取り戻すまでを描くヨーロッパらしい家族ドラマでもある。

 そして、もう一作品…映画祭のMCを務めるDJジョンが、衝撃を受けたと絶賛していたオーストリアの『カーブ』は、正にショートフィルムの尺がピッタリの秀作スリラーであった。何の施設か分からない巨大な穴…その中腹にある僅かなカーブに辛うじて引っかかっている女性。自分が何故そこにいるのか分からないまま、主人公は何とか落ちないように体制を整えようとするのだが…悪夢のようなシチュエーションに息苦しさが増す観客の感情はいつしか主人公とシンクロする。冒頭の大きく畝る波の映像に言い知れぬ不安を感じさせる演出も見事だ。少しでも体の位置を変えようとしただけでも滑り落ちそうなところに追い打ちをかけるように降り出す雨…遠くで聞こえる叫び声が更に恐怖を誘う。

 それではジャパン部門はどうか…というと、敢えて苦言を呈すとするならば、正直言って、もっと頑張ってもらいたいというのが率直な感想。若手のクリエイターたちは、ギミックに走るのではなく、もっとプロットの段階で煮詰める作業をすべきではないかと思う。例えば、馬鹿のひとつ覚えみたいに、長回しさえすれば良いってもんじゃない。トークセッションである監督が「監督なら誰もが長回しをやりたい」と言っていたが、毎年、必ず誰かがやる長回し…いい加減飽きていたし、目新しくないから、もっと他の事で勝負してもらいたいものだ。ひと言断っておくが、前述した『バスタブ』は、長回しにする必然性もあるし、長回しだからこそ生まれる面白さがあったから、せめて、このクオリティーは欲しいと思う。

 勿論、惜しいと思える作品もあるし、出演者の演技も格段に上がってきたのは評価したい。残念なのは、肝心の監督のこだわりが、後一歩足りないのだ。床屋を舞台にした『カミソリ』なんて、狭い理髪店を舞台に、飽きさせないカット割りが見事な逸品だった。店主と女房の痴話喧嘩に巻き込まれた散髪真っ最中の友人…という題材も俳優たちの力量も申し分ないのに、ハサミが髪ではなく宙を切っているのが、素人目にもミエミエで、意識が全てそちらに行ってしまったのが惜しい。だって、髪型が一向に変わらないのだから、時間の経過がそこだけストップしたままなのだ。そりゃ切る演技も俳優の腕なのだろうが、床屋が舞台ならエクステを付けてでも髪を切るべきだし、主役の俳優(監督が兼務)も髪の切り方を学ぶべきだった。

 そんな中で、オッ!と思ったのは、在日朝鮮人の実情をパスポートという切り口から紹介したドキュメンタリー『朝鮮-コリア』だ。これは日本でしか作れない題材だと思うし、同じ国に住んでいながら、何冊もパスポートを持っている人がいる…という事実がショッキングでもあった。また本作が、日本とアメリカの合作で在日の人々に多数インタビューしていながら、全編を通じて日本語と英語しか出てこないというのも印象に残る。来年は、お笑いや恋愛も良いのだが、監督が絶対これを撮りたかった!という信念を感じさせる作品を観たいものだ。そんな作品に出会えれば、多少荒削りであったとしても私は高く評価したいと思う。

【オフィシャルサイト】http://shortshorts.org/2016/



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