ヒミズ
世界が涙した!!愛と希望にむせかえる、まさかの「ヒミズ」実写版。魂を揺さぶる衝撃の青春感動作!
2011年 カラー ビスタサイズ 130min ギャガ配給
エグゼクティブプロデューサー 小竹里美 監督、脚本 園子温 原作 古谷実 撮影 谷川創平
音楽 原田智英 美術 松塚隆史 整音 深田晃 編集 伊藤潤一 照明 金子康博 衣裳 村上利香
出演 染谷将太、二階堂ふみ、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真紀子、黒沢あすか、鈴木杏
でんでん、村上淳、窪塚洋介、吉高由里子、西島隆弘、諏訪太朗、川屋せっちん、モト冬樹、堀部圭亮
2012年1月14日(土)新宿バルト9、シネクイント他全国ロードショー公開中
(C)『ヒミズ』フィルムパートナーズ
「行け!稲中卓球部」で時代を確立したカリスマ漫画家・古谷実がギャグ路線を完全に封印した超問題コミック「ヒミズ」。渇望されつつも、「まさか」と思われていたこの作品の実写化を実現させたのは、刺激的かつ野心的な作風で今、最も目が離せない「冷たい熱帯魚」の監督・園子温。日本の漫画界、映画界を代表する2人がタッグを組んで放つ「ヒミズ」が生みだす驚愕の化学反応は、猛々しく凶暴にして、壮絶に切ない。刃の切っ先を突き付けられたようなヒリヒリする緊張感で、観客の魂を縛り付け、極限まで達した瞬間、その刃を投げ捨て、激しく抱きしめるかのようなラストへ。緊張は一気に弛緩し、こみ上げる熱いものに誰もが嗚咽をもらさざるを得ない。「ヒミズ」の実写化。これまでも、大胆なキャスティングと独自の演出で俳優の魅力を十二分に引き出してきた園監督は、本作の主人公に染谷将太、二階堂ふみという原石を抜擢した。身を切るようにぶつかり合う彼らの壮絶な演技を引き出し、コンペティション部門に出品された第68回ヴェネチア国際映画祭では見事、日本人としては初となる最優秀新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)を染谷と二階堂がW受賞するという快挙を成し遂げた。 この二人の周りをかためるのは、渡辺哲、吹越満、神楽坂恵、光石研、渡辺真起子、黒沢あすか、でんでん、村上淳などひと癖もふた癖もある個性派俳優たち。 さらに、窪塚洋介、鈴木杏が初めて園作品に参加したほか、過去の作品で高い評価を得た吉高由里子、西島隆弘(AAA)が再び園監督とコラボレーションを果たした。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
住田佑一(染谷将太)、15歳。彼の願いは“普通”の大人になること。大きな夢を持たず、ただ誰にも迷惑をかけずに生きたいと考える住田は、実家の貸ボート屋に集う、震災で家を失くした大人たちと平凡な日常を送っていた。茶沢景子(二階堂ふみ)、15歳。夢は、愛する人と守り守られ生きること。他のクラスメートとは違い、大人びた雰囲気を持つ住田に恋い焦がれる彼女は、彼に猛アタックをかける。疎ましがられながらも住田との距離を縮めていけることに日々喜びを感じる茶沢。しかし、そんな2人の日常は、ある日を境に思いもよらない方向に転がり始めていく。借金を作り、蒸発していた住田の父(光石研)が戻ってきたのだ。金の無心をしながら、住田を激しく殴りつける父親。さらに、母親(渡辺真起子)もほどなく中年男と駆け落ち。住田は中学3年生にして天涯孤独の身となる。そんな住田を必死で励ます茶沢。そして、彼女の気持ちが徐々に住田の心を解きほぐしつつあるとき、“事件”は起こった……。“普通”の人生を全うすることを諦めた住田は、その日からの人生を“オマケ人生”と名付け、その目的を世の中の害悪となる“悪党”を見つけ出し、自らの手で殺すことと定める。夢と希望を諦め、深い暗闇を歩き出した少年と、ただ愛だけを信じ続ける少女。2人は、巨大な絶望を乗り越え、再び希望という名の光を見つけることができるのだろうか。
子供時代を過ごす事を許されない子供たちがいる。親の都合で早く大人にならなくてはならない子供たち…本作の主人公・住田祐一は中学生でありながら、うわべだけの言葉で夢を語る教師に向かって「普通に生きる」事を声高に宣言する。男と遊び呆けて挙げ句の果てに中年男と駆け落ちする母親、借金まみれで突然帰ってきて暴力を振るう蒸発した父親。実の父から「俺、本当にお前いらないんだよ」と言われ続けながらも一人で小さなボート屋を守る住田の表情には絶望も希望も何も感じられない。まるで声を出さずに絶叫しているかのようだ。少年にとって「普通」が人生のベンチマークであり、彼は繰り返し「一生大きな幸福もなければ、大きな災いもない…僕はそれで満足です」と言う。この住田を演じる染谷将太が実に素晴らしい。こんな虚ろで、それでいて危ない眼光を発する演技は、果たしてどこから生まれるのだろう。最近ではクラスメイトにナイフを向けてそのまま親友の目を見ながら身投げしてしまう高校生に扮した『アントキノイノチ』の演技が忘れられない。思えばその役の目つきに本作の住田はよく似ている。出来損ないの父親が金の無心に来た翌日には案の定、父親に金を貸したというヤクザ(園子温監督のでんでんはイイなぁ)がやって来るのだがヤクザ相手に「こんな定番の不幸話じゃへこたれねーぞ」と啖呵を切る姿に思わず胸が熱くなる。
園子温監督は、2001年に発表した古谷実の原作の舞台を東日本大震災の被災地に変更して、住田のボート屋が建つ河川敷でブルーシートハウスを建てて暮らすホームレスを東日本大震災の被災者という設定にしている。何度も瓦礫と化した被災地に立つ登場人物たちの映像がノイズと共にインサートされるが「何事もなかったように映画を撮る事が出来なかった」という子温監督の思いから急遽、現場に赴き短時間で撮影したものだ。このシーンで流れる不協和音は、まるで死者と生者の魂の叫びのようにも聞こえてならない。茶沢の存在が住田に救いを差し伸べるかと思った矢先、住田は父親を殺してしまう最悪の事態に陥る。その場面における染谷の演技は、ここに至るまで押さえつけていた感情を一気に放出する凄まじい負のオーラに満ちていた。その日を境に「オマケの人生」として住田は毎日、悪党を探しに街を徘徊(勿論、悪党を殺すためだ)する。震災後もテレビで連日報道される理不尽な殺人事件の映像…全く意味が判らない。あの大震災で1万6千人以上の人間が命を失ったというのに生き残った人間は何をしているのか?子温監督が原作の設定を震災後に変更した事で住田の悪党に向ける怒りの意味も違って見える。勿論、劇中ではそんな震災との関連性など語っているわけでもなく、あくまでも観客の捉え方に因るものだが…。しかし子温監督が設定を変えた事で物語と登場人物たちの心境に化学反応を及ぼしたのは確かだし、それを狙っているのでなければ震災を劇中に絡める意味は無い。子温監督が、二階堂ふみ演じる茶沢景子に物語を救いへと導く役を与えているのが興味深く、原作とは異なる希望を残すラストにしたのは震災が大きな影響を及ぼしているのは間違いない。ラストに関して子温監督がパンフレットで述べている「住田の『絶望』が茶沢の『希望』に敗れた」という言い表し方に納得できた。
「ボート屋なめんな!普通、最高!」それは住田の心の叫びにも聞こえる。