64 ロクヨン〈前編〉
犯人は、まだ昭和にいる。
2016年 カラー シネマスコープサイズ 121min 東宝配給
エグゼクティブプロデューサー 平野隆 監督、脚本 瀬々敬久 脚本 久松真一 原作 横山秀夫
企画 越智貞夫 主題歌 小田和正 撮影 斉藤幸一 照明 豊見山明長 美術 磯見俊裕 録音 高田伸也
出演 佐藤浩市、綾野剛、榮倉奈々、夏川結衣、緒形直人、窪田正孝、坂口健太郎、椎名桔平
瑛太、永瀬正敏、三浦友和、滝藤賢一、奥田瑛二、仲村トオル、吉岡秀隆
(C)2016映画「64」製作委員会
日本映画界最高峰の超豪華オールスターキャストが集結!究極のミステリーが感動の人間ドラマとして、ついに映画化!!『半落ち』『クライマーズ・ハイ』など数々の傑作を生み出してきた横山秀夫が7年ぶりに世に放った衝撃作『64(ロクヨン)』は、2012年「週刊文春ミステリーベスト10」第1位、2013年「このミステリーがすごい!」第1位などに輝き、瞬く間に文壇を席巻した。そんな究極のミステリーが、日本映画界を代表する超豪華オールスターキャストによって、前後編2部作のエンタテインメント超大作『64-ロクヨン-前編/後編』として、ついに映画化。かつては刑事部の刑事、現在は警務部の広報官として、昭和64年に発生した未解決の少女誘拐殺人事件、通称「ロクヨン」に挑む主人公・三上義信に、日本映画界が誇る名優・佐藤浩市。三上の部下として奔走する広報室係長・諏訪に綾野剛。諏訪と共に三上を支える広報室婦警・美雲に榮倉奈々。広報室と対立する県警記者クラブを取りまとめる東洋新聞キャップ・秋川に瑛太。「ロクヨン」事件被害者の父・雨宮芳男を永瀬正敏。三上の刑事時代の上司で、かつて「ロクヨン」追尾班長も務めた捜査一課長・松岡勝俊に三浦友和。そのほか、夏川結衣、緒形直人、窪田正孝、坂口健太郎、椎名桔平、滝藤賢一、奥田瑛二、仲村トオル、吉岡秀隆、などベテランから若手まで主演級の俳優陣が、いずれも物語の重要な役柄として出演。さらに、慟哭のエンディングで流れる主題歌「風は止んだ」を担当したのは小田和正。そして、『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)で「第61回ベルリン国際映画祭」国際批評家連盟賞を受賞するなど世界的にもその実力が評価されている鬼才・瀬々敬久が監督を務めた。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
昭和最後の年、昭和64年。その年に起きた少女誘拐殺人事件は刑事部で「ロクヨン」と呼ばれ、少女の死亡、未解決のままという県警最大の汚点として14年が過ぎ、時効が近づいていた。平成14年、主人公の三上義信(佐藤浩市)は「ロクヨン」の捜査にもあたった敏腕刑事だが警務部広報室に広報官として異動する。そして記者クラブとの確執、キャリア上司との闘い、刑事部と警務部の対立のさなか、ロクヨンをなぞるような新たな誘拐事件が発生。刑事部と警務部の軋轢、未解決のロクヨンと新たな誘拐事件の関係、そして三上の一人娘の行方…。怒涛の、そして驚愕の展開が次々と三上を襲う。
昭和から平成に変わるわずか7日間に起こった少女誘拐殺人事件から14年後の刑事たちを描いた『64ロクヨン 前編』を蒲田の商店街にある街なかの映画館「蒲田宝塚」で観る。東宝の封切館として地元の人がシネコンではなくカップホルダーすら付いていない昔の映画館を選んで観に来る…今の時代、誠に稀有な映画館だ。昭和という時代が重要なポイントとなる本作は、昭和の映画館で観たかった…のが理由だったが、その選択は正解だった。
警察組織モノ…といっても現場でバリバリ捜査する刑事の話ではなく、警務課の広報官が主人公の物語というのが珍しい。あまり社会派ドラマの印象が無かった瀬々敬久監督だが、なかなかどうして燻し銀的な映像は見応え満点だった。元・上毛新聞の新聞記者だった横山秀夫は、前作『クライマーズ・ハイ』で日航機墜落事故を報道する北関東新聞の数日間を圧倒的なハイテンションで史上最大の航空機事故を前に各々の立場にある記者たちの数日間の攻防を描いていたが、本作もある意味、その構造に近い。これは瀬々監督の狙いなのか?原作者からの注文なのか?…誘拐事件そのものよりも、その周囲にいる人間たちを深掘りして描いている点で『クライマーズ・ハイ』で原田眞人監督が語っていたエピソードを思い出した。原田監督が原作以上に事故の遺族を描こうとした時、横山秀夫から「あなたは日航機墜落事故を描きたいのですか?」と問われた事があったそうだが、ここで原作者の意図を読み誤ってしまうと、両者共に事件の上っ面だけをなぞったツマラナイ作品になってしまったであろう。
本作もまた、最悪の誘拐殺人事件そのものよりも、事件を解決出来ないでいる刑事と元刑事たちの姿に焦点を当てる。…と同時に、それと平行して描かれる、ある交通事故の情報開示を巡って群馬県警広報室と県警内に詰めている記者クラブの対立が非常に面白かった。警察署の中にある新聞記者が詰めている部屋の造形が素晴らしい。雑然とした雰囲気…書類が無造作に山積みされた机だけで、記者たちが生半可な人物ではない事が伝わってくる。この記者クラブの映像だけでも一見の価値は充分にある。
その交通事故というのは単なる主婦が運転していた車が老人をはねた…という新聞に載るとは思えないもの。警察は主婦が妊婦であり、精神的に取り乱している事を考慮して匿名発表という形を取るのだが、これがマズかった。その加害者はある大物実力者の娘だったのだ。前後編の前編となる本作は、警察と報道の対立を主軸として殆どの時間を割いている。佐藤浩市演じる広報官が実にイイ。20年も現場で実績を上げていたベテラン刑事が裏方の広報という仕事に就いた事に対する思い…複雑な心境を抑え寡黙に記者たちに対峙する姿は間違いなく佐藤浩市の最高の演技だ。記者と官僚の板挟みになって、ふっと表れる苛立ち(こんな仕事やってられっか!)の表情なんか、何度、上手い!と唸った事か。対する官僚役・滝藤賢一と記者役・瑛太の憎々しい演技に因るところも大きいが…。
現在進行形の記者クラブとの対立に時折挿入される誘拐事件の当事者たちのその後…果たして彼らの胸中にあるものは何か?その根底にあるのは厄介な組織の面子による二次被害者…とでも言った方が良いだろうか。時効が一年に迫った時に警察のお偉方が被害者家族を訪問して、犯人逮捕を誓う画を撮りたいという。しばらく忘れられていた被害者の父親に取材の許諾を得ようとする…何を今さら。そして、ラストに見せる静から動への切り替えの妙。佐藤浩市が扉を開けるこのシーンで、完全に観客の心は後編へと奪われてしまった。
「変わっても1ヵ月で馴れる。2ヵ月で馴染む」巨大組織が対面を保つための理不尽な人事が繰り返される度に言われて来たであろうこの言葉を佐藤浩市が言われる。