ポチの告白
日本を震撼させる、衝撃のラスト6分。
2006年 カラー ビスタサイズ 185min グランカフェ・ピクチャーズ
エグゼクティブプロデューサー 佐藤輝和、小高勲、高橋玄 製作 田村正蔵、高橋玄
監督、脚本、編集 高橋玄 撮影 石倉隆二、飯岡聖英 原案 寺澤有 美術 石毛朗
音楽 高井ウララ、村上純、小倉直人 助監督 中西正茂
出演 菅田俊、野村宏伸、川本淳市、井上晴美、井田國彦、出光元、水上竜士、宮本大誠、風祭ゆき、ガンビーノ小林、木下順介、山下真広、舩木壱輝、新井貴淑、時田望、李鐘浩、蓉崇、宮崎学
所轄警察署の巡査・竹田八生(菅田俊)は、タケハチと呼ばれ、市民と上司に信頼される実直な警察官だった。ある日、刑事課長・三枝(出光元)に認められ、刑事へと選抜昇任したタケハチ。同じ頃、妻・千代子(井上晴美)との間に待望の娘も生まれ、人生の転機に喜びを感じていた。だが、三枝の部署で刑事として一線に立つタケハチは、実直ゆえに三枝の不透明な命令にも盲目的に従い、後輩刑事の山崎(野村宏伸)と共に、やがて気がつかないうちに警察犯罪の主犯格となっていく。タケハチは、三枝たちの警察犯罪を追いかけていた警察嫌いの飲食店経営者・草間(川本淳市)と、その相棒である新聞記者・北村(井田國彦)を社会的に抹殺するように指示を受ける。タケハチは草間に警告するが、その手緩い手段に不安を感じた山崎は、三枝への忠心を証明するために暴力団を使って、草間に重傷を負わせる。
草間が行方を消し、5年が過ぎた頃、タケハチは組織犯罪対策課長に昇任していた。すでに、三枝に代わって暴力団との共犯行為の陣頭指揮を執り巨額の裏ガネ作りに暗躍していたタケハチの所轄で、警視庁の現職刑事が殺害されるという事件が起きる。殺された刑事・兼頭は、三枝が指揮した5年前の麻薬事件の黒幕だった。同じ頃、5年前に姿を消した草間がフリージャーナリストとして舞い戻る。草間は、三枝とタケハチたちの警察犯罪を掴み、インターネットでゲリラ的な報道を開始。警察の管理下に置かれた記者クラブに告発を阻まれた草間と北村は、外国特派員協会で電撃的な記者会見を開き、三枝たちの組織的な警察犯罪が社会問題化する。危機に瀕した三枝と山崎は、検察、裁判所とも共謀してタケハチをすべての首謀者にデッチ上げ、その人生を抹殺していく。裁判所に被告として立ったタケハチは、果たしてその全貌を告発できるのか…。
タイトルである“ポチ”の意味は最後まで明かされる事が無く、物語は静かに、ゆるやかに進行して行く。タイトルから犬と人間の交流を描いた感動作と思って観ると、とんでもない思い違いだった事に気づく。冒頭、主人公の管田俊演じる警察官のアップから始まる本作は最後まで警察の映画だ。何度も念を押すようだが警官と警察犬との心の交流を描いた映画でもない。この映画は一人の実直な警察官が刑事に大抜擢された日から、汚職や不正を目の当たりにし、次第にその流れに流されてしまい、そして破滅するまでを描いた告発系のドラマだ。思えば“太陽にほえろ!”や“西部警察”の時代で警察にヒーロー像を重ねていた少年たちは、度重なる警察の不祥事にいつしか失望していた。今では警察官だって一人の人間だから悪事に手を染める事だってあり得ると冷めた目で見ている。だからこそ、“踊る大捜査線”といったある意味、警察を完全無欠のヒーローではなく弱さも兼ね備えたサラリーマン的に描いた作品が受けるのだろう。しかし、本作では過去に作られて来た刑事ドラマの中にあった正義感というものは一切なく、警察の中で出世するためには朱に染まらざるを得ない官僚主義社会の構図を痛切に皮肉っている。派出所勤務だった巡査が刑事に抜擢されるという異例の人事で「さぁ頑張るぞ!」と熱血ぶりを見せるのは最初の十数分足らず…。刃物を持った籠城犯人に単身立ち向かって行く辺りは熱血刑事ドラマなみの活躍をみせるのだが、刑事課長が「同じチームなら、自分と同じタバコを吸え…」と、タバコすら吸わない主人公に訳の分からない強要をし始める辺りから様子がおかしくなってくる。この刑事課長を演じるベテラン俳優、出光元は様々な作品に顔を見せる名バイプレイヤー。本作では、腐敗した警察の代表として笑顔の奥に潜む冷徹さを見事に表現。自分の部下を権力の飼い犬“ポチ”と称して呼ぶ彼の笑顔に戦慄を覚える。
実は、警察内部の不正を暴いた作品はハリウッドでも作られていた(“セルピコ”なんかその代表作だったが)が日本では、ある意味タブー視されていた題材なのか、これだけ新聞を賑わしている割には真っ向から立ち向かった映画は本作が初めてのような気がする。更に、ここで描かれている不正は警察だけではない。警察と共存共栄している裁判所も、検察も、新聞社も結託しているという事が実は一番救いようが無い部分で、ここまで安全が保障されていれば、汚職も平気だろう。全てが終わったラスト…6分にも渡る主人公が留置所の中で独白するシーンは圧巻。演じた菅田俊の常軌を逸した表情は上映終了後も目に焼き付いてしまった。高橋玄監督は、この重いテーマの題材を3時間以上にも及ぶ長尺でありながらテンポ良く進行しているおかげで、最後まで緊張感を持続させる事に成功している。
「日本の警察は、日本最大の暴力団です」外国人記者たちの前で警察の実態を暴こうとする草間のセリフが本作のテーマを一言で表している。