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今年の春、劇場映画『クレーマーCase1』『クレーマーCase2』と、同時に2作品を放った映画監督・金子大志氏。この業界に入るキッカケとなった脚本家の三村渉氏からよく言われたのが「これからは仕事は、貰ってからやるのではなくて自分からやらなくてはダメだ」という事。「ビデオカメラ片手に撮れる時代になったからこそ、自分たちでドンドン撮ってしまおう」と、三村氏が製作費を出してくれ、若い何人かのクリエーターたちが集まってオムニバスの短編を作ったのが始まり。当初は脚本家として参加していたが、かねてより監督志望だった金子氏は「監督を自分にやらせて欲しい!」と頼んだところ、スタッフを自分で集めるなら…という条件で認めてくれた。「スタッフも全部自分で集め、ロケ地探しも不足分の予算も自腹切って撮影しました」その甲斐あって第一回目の監督作品『ZONE』の中一編『空蝉』は、いきなり札幌映画祭の招待作品となった。 その後、いくつかの自主映画を作り続け、「これなら勝負できる!」とコンクール向けに製作したのが『解けない結び目』だった。「たった10分の短編ですが、作品の出来には大変満足している」と、自ら言う程…正に金子監督にとって映画人生のターニングポイントとなった作品だった。その作品の評価を経て、次回作となったのが『クレーマー』。携帯を使ったホラーというテーマで…という製作会社からの要望で、金子監督は脚本を作り始めた。「本当は、和製“シャイニング”をやりたかったんです」という。閉鎖されたお客様相談室という空間で、どこまでできるかが難題だったと当時の現場を振り返る。 今後は人情物をやりたいと語る金子監督は、「喜劇でも悲劇でもジャンルは問わず最終的には人間の温かみを出せれたら…今、過激を求められているから仲々オーダーが来ないですが(笑)クラシックの名作と呼ばれ今でも見続けられるような映画を作りたいですね」と熱く思いを語る。金子監督が映画を作る上で、常に心掛けている事はズバリ!―十年先に観ても古くない作品を作る事―。金子監督曰わく、しゃべり言葉も既に映画が完成する段階で古くなっているかも知れない。だからこそ、構成や脚本が重要なのだという。最後に、映画作りにとりつかれた理由を尋ねると、しばらく考えた末、こう答えてくれた。「一番身近にあって先に恋したのが、たまたま映画だった…という事です。でも今はこの世界で生きていこうと思っていますよ」 1971年 栃木県生まれ。 漫画原作、自主映画の製作に多数携わる。テレビの製作プロダクションを経て、平成ゴジラシリーズの脚本家として知られる三村渉氏に師事して映画界に入る。2005年、監督、脚本を担当した『解けない結び目』が東京国際ファンタスティック映画祭デジタルショートアワード「600秒」の笑い部門グランプリを受賞。計算し尽くされたストーリー構成と安定した演出で、いとうせいこう氏から絶賛される。2006年には、雁須磨子原作『ファミリーレストラン』(オリジナルDVD作品)にて監督・脚本を担当。2008年、サイコホラー『クレーマーCase1』『クレーマーCase2』を発表。現在、次回作である女子高生を主人公としたアクション映画の構想に入っている。 |
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