“ショートショートフィルムフェスティバル & アジア 2010”で第一回開催となった“旅ショーット!プロジェクト”においてノミネートされ、大きな話題をさらった『やぎの散歩』。メガホンを取ったのは何と日本映画史上最年少13歳の仲村颯悟という沖縄県在住の中学生だった。ただ単に中学生という年齢だけで話題となっていると思ってはいけない。彼が作り出す映画には奥深い“生命と食”に対する真摯なメッセージが込められているのだ。そして、今回『やぎの散歩』の長編となる『やぎの冒険』にて全国デビューを果たした仲村監督(もう仲村少年という表記は正しくないだろう)に、完成披露試写会を前にリアルな感想を聞いてみた。

 小学校3年の頃から家にあったビデオカメラを片手に友だちとヒーローものやホラーを撮り続けてきた仲村監督。映画制作に興味を持ったキッカケについて「ただ身近にカメラがあったから…」とサラリと答える。今までに40本近くの映画を友だちと遊び感覚で作っていた仲村監督だが、2009年に転機が訪れる。沖縄観光ドラマコンペティションで自身が書き下ろした『やぎの散歩』という脚本が選出されたのだ。「電話が掛かってきて僕の脚本が選ばれたと聞いた時は本当に嬉しかったです」と笑顔を見せる仲村監督。「沖縄を舞台に動物を主人公とした映画を撮りたかった」という仲村監督は沖縄の動物と言えば…というわけで、やぎを題材にした物語がひらめいたそうだ。「やぎを食べる風習って沖縄では普通の事なんです」これから食べられる運命にあるやぎの視点から、人間の食そのものに向き合っている。続く長篇『やぎの冒険』では食と生命に対して更に踏み込み、今度は、少年の視点から、生きていくためには他の命を犠牲にしているという現実を突きつける。前作『やぎの散歩』のラストシーンは観る人によって全く異なる解釈をする作りとなっており、人によってはハッピーエンドと捉える人と単純なハッピーエンドではないと捉える意見に二分される実に奥深い脚本に驚かされる。「これが面白いんですよね。僕が映画を観終わった方の感想を聞くと人によって感じ方が違う…あっ、そういう解釈もあるんだ…と、僕自身も教えられて本当に嬉しかったです」だからこそ、年齢を限定しない色々な人に観てもらって思い思いに感じてもらいたいと仲村監督は語る。本作『やぎの冒険』でもオープニングとエンディングで象徴的にやぎを抱えた少年が歩いてくるシーンが登場するが、これも仲村監督が意図するところで、果たしてやぎは食べられたのかどうかは全て観客の判断に委ねられているのが面白い。また、仲村監督は全編を通じて“普通の沖縄(観光地ではない普段の生活)”を描く事を常に意識していたという。主人公がバスで田舎に行くシーンで普天間が出て来るのだが、少年は車中でグッスリ眠っている。こうした何げないシーンの中に沖縄で暮らす人々の空気感が伝わってくるのだ。

 それまでは友だち同士で映画作りを楽しんでいた仲村監督だが、『やぎの散歩』ではショートフィルムとは思えない程、大勢のスタッフと共に(勿論、仲村監督が最年少)仕事をする事となる。「それは…本当に緊張しましたね。今まで友だちと作っていた映画の作り方が、プロの皆さんと仕事をする時に通用するのかなって撮影が始まるまでは不安でした」と当時を振返る。スタッフや俳優に自分が思っている事をどのように伝えれば良いのだろうと頭を悩ませていた仲村監督だったが「おばあ役の吉田妙子さんが僕がお願いしたイメージをすぐに表現してくれて、そこから不安は無くなって…今まで通りにやれば良いのかなって思えるようになれました」と、プロの人々の実力を目の当たりにする。撮影を終えて苦しかったよりも楽しかったと振り返る仲村監督。「プロも方々と一緒にお仕事が出来たのと、今まで触った事もない機材で撮影出来た事がイイ経験になりました」と語る仲村監督だが、中でも一番印象に残っているのは『やぎの冒険』で初体験したクレーン撮影だったと笑顔を見せる。

 いよいよ全国で順次公開される事となった『やぎの冒険』を前に仲村監督は率直な胸の内を語ってくれた。「今までは沖縄県内で上映してたくさんの方々に応援してもらいましたが、沖縄人しか分からない感覚とかあるのではないかと思うんです。それが県外の人々に受け入れられるのかな…というのが正直言って、不安ですね」間もなく高校受験を控えている仲村監督は、しばらく舞台挨拶はお預け。一番知りたいお客さんの反応をその場で見られないのが残念…と語る。「この先、映画の世界に将来進むかは決めていませんが、勿論、映画は撮り続けて行きたいと思っています。ただ、どのように映画と関わって行くかはこれからゆっくりと考えます」と言いながらも既に次回作の構想が頭にあるという仲村監督は最後にこう締め括ってくれた。「楽しんで作った映画は何度観返しても楽しい。今の僕はただ映画を作るのが楽しいだけなんです」
取材:平成22年12月23日(木)完成披露挨拶時 池袋テアトルダイヤ会議室にて


仲村颯悟/Ryugo Nakamura 1996年1月10日、沖縄県生まれ。
8歳の時、長く患っていた父親が不慮の事故で他界。ビデオカメラを手にするようになったのは、それからすぐのこと。手掛けた作品はサスペンス、ホラー、友情ドラマと既に30本以上にものぼる。まさに時代が生んだ才能と多方面から注目を浴びる。2009年、沖縄観光ドラマコンペティションに応募した短編『やぎの散歩』の脚本が弱冠13歳にして選ばれ、自らメガホンを取った。このショートフィルムが発表されると全国の映画祭で上映され、高い評価を得る。沖縄を舞台に映画を撮り続けたいとこだわる監督の14歳にして、記念すべき劇場用長篇デビュー作『やぎの冒険』が2010年9月に沖縄県で公開されてから4万人の観客を動員、1月より、いよいよ全国順次公開される。

【仲村 颯悟監督作品】

平成21年(2009)
やぎの散歩

平成22年(2010)
やぎの冒険




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