やぎの冒険
いただきますは、冒険の始まり。
2010年 カラー ビスタサイズ 84min 2010「やぎの冒険」製作委員会
プロデューサー 井手裕一 監督 仲村颯悟 脚本 山田優樹、岸本司、月夜見倭建 撮影 新田昭仁
照明 新城匡喜 主題歌 Cocco 編集 森田祥悟 録音 横沢匡広 衣裳・メイク むらたゆみ
出演 上原宗司、儀間盛真、平良進、吉田妙子、城間やよい、津波信一、山城智二、仲座健太、金城博之
2011年1月8日(土)より ブリリア ショートショート シアター、
池袋テアトルダイヤ、キネカ大森にてロードショー ほか全国順次公開
『やぎの冒険』オフィシャルサイト http://yaginobouken.jp/
小学6年生の裕人(上原宗司)は那覇の街っ子。冬休みを母の田舎の今帰仁村で過ごそうと、ひとりバスに乗り沖縄本島北部へやってきた。赤瓦のウチナー家に住むのは、やさしいオバアとオジイ、粗野な裕志おじさん、同い年のいとこ琉也(儀間盛真)、2匹の子やぎポチとシロ。ヤンバル育ちの少年たちと自然の中で楽しいときを過ごす裕人。ある日、2匹の子やぎのうちポチがいなくなっているのに気づく。しかし、裕人が目にしたのは地元の人たちに「つぶされる」ポチの姿だった。ショックを受けた裕人を尻目に、今度はシロを売ろうとする裕志おじさん。そのとき、シロが逃げた!。
これが14歳の少年が監督した映画なのか?多分、劇場にいた大勢の観客(主に映画に少しでも携わった事がある大人)は“そんなバカな〜”と懐疑的に思ったであろう。それは冒頭間もなく…主人公の少年が祖父母の田舎(沖縄本島北部のヤンバル)に夏休みを利用してバスに乗るまで歩く姿をカメラで捉えるところから始まる。歩道橋を歩く姿、少年を乗せて走り出すバス、そして田舎に到着したバスを畑の中から捉える遠景ショット等、何気ないシーンにおいてもカット割りにこだわっているのが伝わってくる。勿論、ベテランの撮影監督である新田昭仁のアドバイスもあったであろう。大切なのは各々スタッフの良さを最大限に引き出し、ベストな映像を作り上げるのも監督の務めであるという事だ。そういった点においては仲村颯悟監督は見事にその務めを全うしたと言えるだろう。
本作の根底に流れるテーマは重たく、今の日本人の食に対する軽んじた考え方(何でも食料を無駄にしている国の上位に日本がランキングしているという恥ずかしい現実)に一石を投じている。タイトルだけで可愛らしい動物モノと思って観ると、命に対する崇高なテーマがベースになっている事に驚かされるだろう。沖縄には、やぎを食べる習慣があり、地方では家畜として飼っているやぎをお祝い事の度に潰して近隣の人々に振る舞うそうだ。それって残酷な事か?劇中、逃亡したやぎを逃がそうとする主人公が「やぎが可哀想だ」と言った時、村の少年が「じゃあ、お前トンカツ食うな」と反論するシーンがある。(二人の子役、上原宋司と儀間盛真が最高の演技を披露する)間違いなくこのセリフは正しく、我々は平気で肉や魚を食べるくせに潰す(殺す)瞬間は人に任せて無かった事にしているのだから。本作は山田優樹らが共同で脚本を担当しているが、本作の源流となっている前作『やぎの散歩』の脚本は仲村監督が13歳の時に書いたもの。凄いのは、この歳にして命の食べ方をやぎを通して目を背けず真っ向から表現した事である。
観光地としての沖縄ではなく普段の沖縄を描きたかったと語っていた仲村監督。その言葉通り、ほぼ全編に渡って曇った沖縄の空がスクリーンに映し出される。ところがラスト近くに1回だけ青い空とエメラルドグリーンの海が登場する。それは、やぎを助ける事に頭がいっぱいだった主人公が何か悟った瞬間を表現しているように見える。その美しく晴れ渡った空と海を浜辺で見ている主人公の背後からゆったりと近づいてくるやぎ…このシーンで胸が締め付けられる思いをした。まるで、主人公と共に自分の運命を悟ったかのように(これも人間の勝手な思い込みか…?)歩いてくるピントが合っていないやぎの映像には、たくさんのメッセージが秘められているのだ。
「食べるのも勝手だし、食べずにペットにするのも勝手だろ」やぎを助けようとする主人公に村の少年が言うセリフ。正にその通りだ。