やぎの散歩
結婚式当日、祝いの席で食べられる運命にあったヤギが逃亡。
2009年 カラー ビスタサイズ 10min
監督、脚本 仲村颯悟 撮影 新田昭仁
昔ながらの沖縄の風景が広がる山原のとある集落。息子の結婚式のお祝いのためにオジィが大事に育てていたヤギが結婚式の当日、オジィの目を盗んで逃げ出してしまう。集落中の人々総出でヤギを追いかけるも捕まえることが出来なかったが…。
当時13歳だった仲村颯悟少年が書いた脚本が沖縄観光ドラマコンペティションで選ばれ、さらに自分自身でメガホンを取り最年少で監督デビューまで果たしてしまった本作。飼われていたやぎが、結婚祝いに潰される(食べられる)事が決まった日の朝、逃げ出して村人たちが追いかける…という物語だ。機敏に村のアチコチを逃げるやぎに翻弄される人間たちが滑稽に描かれているのがエノケンやチャップリンの無声映画みたいで懐かしさを覚える。(繰り返し言うが監督は13歳の少年だ)一見、微笑ましく思える内容だが、逃げ惑うやぎと追いかける人間の関係は食べられる側と食べる側という食物連鎖の上に成り立っている事を忘れてはならない。やぎの肉を食すという沖縄の風習に着目して、命と食の崇高な関係を真っ正面から描いた本作は、13歳の純粋な視点だからこそ生まれたと言っても良いだろう。
ラストシーンで浜辺に逃げ切ってきたやぎは一人の少年に出会う。少年はやぎに向かって「人間はお前たちを食べなくては生きていけないんだ…だから許しておくれ」と切々と語り、首に鈴のついた首輪を付ける。このラストをハッピーエンドと捉える人もいるかも知れない。しかし、よく考えて欲しいのは家畜に首輪(カウベル)を付ける理由は、放牧する動物たちが逃げても居場所がわかるようにするためだという事だ。13歳の少年がこんなにも奥深いエンディングを書けるとは…驚きと同時に、大人ももっと学ばなくてはならないと感じた。人間は例外なく、生命をいただいて生きているのだ…という当たり前の事を見て見ぬフリ(いや見てさえいないというのが正しい)を我々大人たちはしていないだろうか?本作は、そんな現代人に改めて、食に対する考え方を見直させてくれた。少年の話をつぶらな瞳で聞いているやぎの顔が忘れられない。そして、このラストの少年が次の長編『やぎの冒険』の冒頭につながっていく。
観る人の捉え方で三者三様の結末となっているラストの海岸シーンに仲村監督の将来性を期待せざるを得ない。