「僕は基本に乗っ取った、シンプルなやり方をしているだけなんですよ」言われてみれば、評論で田中監督の作品はベタだと書かれているのを目にする。しかし、その後に「オチも分かるし演出もベタなのだが安心して観ていられる」と好意的な感想が付け加えられているのだ。 「まぁ、それは僕がベタが好きだから…なんですけどね(笑)」そのベタさが顕著に表れているのが『うた魂♪』におけるゴリの初登場シーンだ。なかなか来ないバスの時刻表をゆっくりとなぞる毛むくじゃらのゴリの指がアップで映し出される。「今何時だ?」と子分たちに聞いてもまだ顔を出さない。次に立ち上がった彼のアフロ頭の後頭部がフレームインし、そのあとやっと振り返る彼のアップになる。タメにタメ抜いたこのシーンひとつとっても田中監督のベタ度合いが見て取れると思う。「そういったベタな事でもひとつひとつやっていけば無意識レベルで面白くなるのです。普通だったらせいぜい足元を映した後にカメラがパンナップして顔のアップになるところでしょうけど、逆に誰もがやりそうな「単純ベタな」手法だけは避けているんです。それは昔から変わっておらず、そんな僕に毎回お呼びが掛かるのは皆もベタが好きだからだと思っているんですが…(笑)」筆者の好きなシーンに夏帆たちが打ち合わせをしている喫茶店で常連客の老人がリクエストしたエノケンのレコードが音飛びしてガッカリする下りがある。そこで合唱部の女の子たちがアカペラで歌ってあげるのだが、いつの間にか彼女たちのコーラスにエノケンの声が被さっているのだ。これは老人にはそんな風に聴こえたであろうという粋な演出だった。確かにこうした演出はベタかも知れないが、細かなところにひと手間アレンジを加える事で深みのあるベタとなるのだ。


 デビュー作『タナカヒロシのすべて』は企画から監督自身が持ち込んだ完全オリジナルだったが、それ以降全ての作品で脚本を手掛けている(共同執筆を含めて)。「あまり大そうな理由じゃないんですが…監督経験の少ない人間が監督を続けたかったら脚本を書けなきゃ相手にされないんですよ。だってボツになるかも知れない企画段階の脚本を脚本家に書かせるよりも安く書かせることが出来るから。こっちは映画撮りたいですから目の前に企画をぶら下げられると無償で書き上げてしまう」勿論、脚本が書けるということはメリットもあり、長年温めてきたデビュー作だけにカット割から衣裳、美術に至るまで田中監督の思い描いていた通りのイメージで撮影する事が出来たという。それが可能だったのは脚本を書く段階から分からない事はやらないと自身に課したおかげだった。 「カメラを移動させることひとつ取っても、まだ自分にはその理由がわかってないと思ったんです。だからあの映画に移動ショットはほんのわずかしか出てきません。新人監督なのに“誰もがやっているから”という理由だけで既存のテクニックをありきたりの使い方でやってしまうのは愚かだと思います」こうして明確なビジョンを持って撮影に臨んだため初日からベテランスタッフの信頼を得る事が出来たと当時を振り返る。

 「ラッキーだったのは照明が森田芳光監督作品を手掛けたベテラン矢部一男さんだった事ですね。照明に関しては全てお任せしましたが、唯一『家族ゲーム』のような陰影がハッキリ出る硬めのライティングで…と、お願いしたところ矢部さんが喜んでやってくれまして…。蛍光灯照明全盛の時代にそんなことを新人監督から頼まれたのでおもしろがってくれたのだと思います」今まで1本だけで消えてしまった監督が多い中、田中監督がコンスタントに作品を発表し続けているのはデビュー作に対する挑み方(向き合い方)の違いに理由があるようだ。「新人監督ってデビュー作が境目なんです。それがコケたら次は撮れない。ましてや僕みたいに実績の無い男が監督としてデビュー出来たのはラッキーだったとしても、そのチャンスに食いついて離さないのは自分の問題。何本も撮り続けて来れたのは撮影前の準備を出来るだけ怠らないようにしてきたからです」1作品ずつ大切にスムーズな進行を守り続けてきた田中監督が最後に述べた言葉が心に残る。「チャンスなんてどんな人間にも同等の確率で訪れるんですよ。それを掴むか外すかは本人次第なんです。決して運なんかじゃないんです」


田中誠/Makoto Tanaka 
1960年11月25日、東京都生まれ。
成城大学在学中に第3回ヤングジャンプ・シネマフェスティバルで入賞し、フリーの映像ディレクター兼ライターとして多方面で活動する。2001年には鈴木清順監督の『ピストルオペラ』や紀里谷和明監督作品『CASSHERN』にアシスタントプロデューサーとして映画の世界に入る。2005年には長年構想を温めてきた自身の企画『タナカヒロシのすべて』で監督デビューを果たす。映画だけではなくテレビドラマでも活躍しており『人間動物園』『おじいちゃんは25歳』等がある。
【田中 誠監督作品】

平成16年(2004)
タナカヒロシのすべて

平成18年(2006)
おばちゃんチップス
雨の町

平成19年(2007)
うた魂♪

平成20年(2008)
コラソン de メロン

平成23年(2011)
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら




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