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米国アカデミー賞公認の国際短編映画祭として、昨年15周年目を迎えたショートショート フィルム フェスティバル & アジア。若手クリエイターたちの登竜門として数多くの映像作家たちがこの映画祭から羽ばたいて行った。東京国際映画祭との提携企画として、アジア映画に焦点を当てた『フォーカス・オン・アジア』が昨年10月24日より東京都写真美術館にて開催され、SSFF & ASIA 2013の受賞作品を始めとする国内外の優秀作が上映された。そして、最終日に行われた恒例のワークショップでは、2013年における日本中のお茶の間を席巻して、能年玲奈という新スターを生み出したNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』のチーフプロデューサー訓覇圭氏を講師に迎え、1話15分という朝ドラ制作のウラ話や、多くの話題作を送り続けてきた訓覇氏のドラマ作りに対するこだわりを語られた。ワークショップに先立ち単独取材の機会をいただき、訓覇氏が手掛けられた過去の作品についてもお話を伺う事が出来たので、ここで紹介したいと思う。 『あまちゃん』と『半沢直樹』に彩られたという印象を受けた今年のテレビドラマ界だったが、東京ドラマアワード2013では『あまちゃん』に軍配が上がり、グランプリを筆頭に能年玲奈の主演女優賞など最多7部門を獲得。訓覇氏にはプロデュース賞がもたらされるという、正に『あまちゃん』一人勝ちという結果となった。「(試写の時点では)これほどヒットするなんて全く想像していなかった」と言う訓覇氏。手応えを感じたのは放送が開始されてしばらくして、番組に寄せられたメールの反響を見た時だったという。「私たちが思っていた事がちゃんと(視聴者に)伝わっていたり、逆に面白い捉え方をされている方がいらしたりして…最初の頃は、方向性を決めるのに参考にさせてもらいました」と、当時を振り返る。ただ、回を重ねるごとに評判が良くなってから、訓覇氏はあえてメールを見ないようにしたという。「進めて行く上で、あまり評判を気にし過ぎないようにしました。僕はすぐ影響を受けやすいので(笑)。むしろ、こんなドラマを作ろうと思って始めた最初の感覚を守った方が良いと思ったのです。ウケているかどうか…という基準は僕にとっては重要ではない。自分のやろうとしている事が、どれだけ多くの人に伝わるように表現出来るか?の方が大事ですね」この言葉を聞いた時、訓覇氏がかつて映画版『ハゲタカ』のインタビュー時に語っていた言葉を思い出した。 入社してから地方局でドキュメンタリー制作を経て、大河ドラマ『徳川慶喜』、朝の連続テレビ小説『オードリー』などの演出を手掛けてきた訓覇氏。プロデューサーとして数多くの作品に携わるも、日本で一番、現場に顔を出すプロデューサーと呼ばれるほど制作寄りの思考で『ハゲタカ』、『外事警察』といった硬派な社会派ドラマや、映画『大鹿村騒動記』の元となる『おシャシャのシャン!』といったご当地人間ドラマなどの傑作を世に送り出してきた。従来の社会派と呼ばれる企業ドラマの概念を覆した企業買収をテーマとした『ハゲタカ』は国内外から高い評価を得て、ギャラクシー賞や、(あの権威ある)イタリア賞などを受賞。またNHKでは初となる映画版が制作されるという異例の展開となった。筆者がプロデューサー訓覇圭という名前を意識して見るようになったのは正にこの時期だった。毎週土曜日放送の全6話からなるマネーゲームを題材とした真山仁の原作によるスリリングな駆け引きと、大森南朋を中心とした魅力的な出演者たちの演技に第1話から釘付けになったのを覚えている。訓覇氏の言葉を借りると、「ある種のドラマ作りの公式と違った作品を作ろう」という目標でスタートした『ハゲタカ』は、予想以上に視聴者からの熱い支持を受け、前述の通り、国内外から高い評価を得た。あえて計算をせずに作り、自分たちが面白いと思ったドラマが視聴者に受け入れられた時、「自分たちが作ったものがこんなにも(視聴者に)深く届くのだ…と実感した」と当時のインタビューで語っていたのが印象に残る。この言葉からも分かる通り、ここでも訓覇氏にとって重要だったのは自分がやろうと思っていた事をどれだけ多くの人に伝えられるか?ただ、その一点に尽きる。 最も興味深いのは映画版『外事警察 その男に騙されるな』が制作された時のエピソードだ。折しも平成23年8月よりクランクインに向けて元々タブー視されていた"朝鮮半島"と"核兵器"というテーマに挑んだ脚本を作り終えたところに発生した東日本大震災…そして福島原発事故。偶然にも物語は東北の大学から核の起爆装置となる設計図が盗まれるという内容のものだった。正に現在進行形の事故の数ヶ月後にテロ組織による核の脅威を扱った映画を進めるに当たって、内容の変更か、最悪の場合、制作延期(いや中止だってあの当時の状況ではあり得た)にだってなり兼ねない。「正直言って、この作品は飛ぶと思っていました」と振り返る訓覇氏。ところが、そのまま継続して撮影は進み、更に起爆装置が盗まれた理由を震災の混乱に乗じて…と、脚本も書き変えられた。「元々、この作品は映画でしか表現出来ない題材を扱っていましたから。(震災という事実を受けて)最初の表現を緩めずに、どれだけ挑戦的で、どのくらいの範囲が尖って見えるか?表現としてのギリギリをやろうとした時に映画の難しさを感じましたね」 今回の取材とワークショップで「人間(を描く事)が一番大事」と繰り返し言っていた訓覇氏。筆者が刑事ドラマの最高傑作と断言するテレビ版『外事警察』の最大の魅力もまた、外事四課の捜査員たちの個性的な人間性にあった。特に第1話でテロリストの疑いのある外交官を捜査員たちが、かわるがわる尾行をするところは、歴代刑事ドラマの上位にランクしてもおかしくないほどシビれる場面なので、未見の方は是非ご覧いただきたい。個人を踏み潰しても国家を守るという主人公と弱みに付け入られ協力者となっていく一般市民が対峙する人間ドラマは『外事警察 その男に騙されるな』にも引き継がれ、核の行方を追ってスリリングな物語が展開されるも、犯人を冷徹なテロリストとはせず、そこには人間の悲しみや苦悩がしっかりと描かれていた。『ハゲタカ』についても「脚本を作る上で人間の気持ちの部分を描くことが最大のテーマだった」と語っており、俳優にも専門的な情報を理解するより、そこにある人間の気持ちを出す事を求めたという。だからこそ、大森南朋が演じる主人公の非情になり切ろうとする葛藤が伝わってきたからこそ多くの視聴者に支持されたのだと思う。『あまちゃん』と同様に観光地でも何でもない長野県の小さな村で230年も続いてきた村歌舞伎で起こる騒動を描いた『オシャシャのシャン!』が、40分完結の短いドラマでありながら、最後にキッチリ感動させてくれるのも人間が描きこまれているから。村歌舞伎の主役である原田芳雄演じる男がギックリ腰で本番間近なのに出演出来なくなる。一度も中止したことがない村の伝統芸能を中止してなるものか!と、東京から売れない歌舞伎役者を呼んで代役に立ってもらうという画策をする人情喜劇だ。クライマックスに至るまで、素人がやる村歌舞伎を馬鹿にする役者と、村のために奔走する村長の娘とのやり取りがあるからこそ、舞台で見せる役者の粋な計らいが活きてくる…というわけだ。 「作りながら加減やバランスを取るのが僕の仕事」訓覇氏はよく"バランス"というワードを使う。例えば、ひとつの事を伝えるためにお婆ちゃんでも分かるようなユルい(噛み砕いた?)表現にするのではなく、お婆ちゃんにも伝わる新しい方法を常に念頭に置いて考えているという。つまり、ワンシーンだけを見るのではなく物語全体とのバランスとして見た場合、全ての人に届かない表現があったとしても見ている側にとっては何の問題も無い。むしろ分からない表現の方が面白かったりする事だってあるという事が『あまちゃん』にはあったという。訓覇氏は「脚本に対して常に足し算で行こうと考えている」と語る。「一部の人にしか分からないから止めよう…だと表現がすごく貧困になる。ならば、コッチで活かせないのならコッチで使いましょう…と。バランスを取って、面白いと思ったものは全てを使いたいと考えています」その方法論で逆に行ったのが『ハゲタカ』で、「全てに強いものを求めたためあえてバランスを取らず」に、通常描かれるべきもの(主人公の家庭など)を捨てて得体の知れなさを全面に押し出した。おかげで、今まで見たことがない企業戦争というユニークな構造のドラマが誕生したのだ。これもバランスを意識した作品作りに徹する訓覇氏だからこそ出来た成功事例と言っても良いだろう。 ドキュメンタリーからドラマまで様々な番組を手掛けてきた訓覇氏は、ショートフィルムに対する関心も高い。「15分の作品というと、正に連続テレビ小説は15分なんですよね。『あまちゃん』でいうとそれが156本あるわけです。でもショートフィルムは連続じゃなくその短い時間内に伝えたい事を入れなくてはならないわけですよね?それって、すごいテクニックが必要だと思うんです」それまで、あまり観る機会が無かったショートフィルムを今回、改めて観てみたいなと興味が湧いたという訓覇氏。「どれくらいの事が伝えられて完結出来るかというのは、長編を作るのに勉強になると思いました」と語る。 『あまちゃん』の放送が終わってからいくつもの取材を受けたが、なかなかひと言で答えられないものが多かったという訓覇氏。「そんな時に今回、ワークショップという機会をもらえたので、今日はジックリとお話したいと思っています」と今回のワークショップは自身にとっても整理する良い機会だったと述べる。多分、これがプロデューサーの立場から『あまちゃん』を振り返って語る初めての場となるだけに、社会現象を起こしたヒット作の裏側には何があったのか?次のページでは可能な限り、ワークショップの内容を紹介したいと思う。 取材:平成23年10月27日(日)“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア「フォーカス・オン・アジア」”ワークショップ会場 東京都写真美術館にて
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