いよいよ物語の骨子は固まり、具体的な制作が始まるわけだが、ワークショップ第二部では、吉田照幸ディレクターを交えて、オーディションで初めて能年玲奈と出会った時の衝撃から、笑えるドラマ作りの演出など、制作の舞台裏について楽しく語っていただき、初めて耳にする撮影の裏話に、満席の会場は大いに盛り上がりをみせた。

 「ここから撮影の準備期という長い仕事に入って行くわけです。僕が吉田ディレクターを選んだ理由は、ドラマをやってきた人ではなくて、歌番組やクイズ番組といったバラエティを専門でやってきた人だったからです」笑える朝ドラにしたい…というコンセプトには、新鮮なスタッフの方が宮藤氏の脚本も活きるのでは?と考えた訓覇氏。吉田氏の起用は今回のスタッフィングの目玉だったと語る。「割りと自由にやらせてもらったので、作業的な面で苦労した事はなかったですね」当時、吉田氏に対して、訓覇氏からお願いしたのはただひとつ。"笑かす"のではなく"笑える"ドラマにする…ということだった。「コントと喜劇の区別が僕の中にあって、自然に笑えるようなバランスをお願いしたのです」だからこそ、訓覇氏は、笑いの要素が多数を占めている週を吉田氏に依頼したという。

 キャリアの無い一人の女の子がアイドルとなっていく物語は、能年玲奈が実際に女優として成長していく過程とオーバーラップして、ある種、彼女がヒロインとして成長するドキュメンタリーでもあった。その構想はオーディションの時から訓覇氏の中にあったらしく、アキと同じ16歳から20歳までの女の子に募集をかけたという。まず、2000名近くの応募者から書類審査で400〜500人に絞り、2次審査の面接が行われた。「能年さんが入ってきた時の事はよく覚えていますよ」という吉田氏は、当時の様子を次のように語る。「面接には、梶原ディレクターもいたんですが、三人がハッと顔を見合わせましたから。訓覇さんを見たら、顔が安心しきった表情になってましたもんね(笑)」誰が見ても能年玲奈の第一印象は良く、圧倒的な輝きを持っていた…と、高く評価をする訓覇氏。撮影期間が長い朝ドラには、お芝居だけではなく、人間的に愛される子であることを重要視する。「やはり、周り(共演者)には、すごいメンバーが来ますから。ところが、彼女の根性はすごかった。一度も泣きごとを言わないし、朝ドラは過酷なので誰でも一回くらいは倒れるものなんだけど、彼女は一回も倒れなかった」疲れたという顔を見せなかった彼女の姿を周りが見ているから自然と彼女を中心に固まって行く…そんな空気が現場に流れ一体感を生み出していたという。

 先日、発売されたDVDにて再見したところ、アキが先輩に恋するあたりから格段に能年玲奈の演技は面白くなった気がする。勿論、彼女の持って生まれた天性の素質もあるだろうが、宮藤氏の脚本について訓覇氏は言及している。「宮藤さんの脚本で、第1週目の彼女は殆どセリフが無いんですよ。それは宮藤さんの計算で、経験が無い女の子にいきなり多くのセリフを言わせるのではなく、回を追うごとにセリフの量を増やしていくんですね。だからアキを内気な子という設定にしておいて、イイ頃合いで新しいキャラを加えていく…」こうした主演女優のスキルアップまで計算に入れた宮藤氏は、徐々にアキの性格を開花させたというわけだ。この辺りから、ものすごく口の悪い子…という側面をアキは見せるのだが、これが実にチャーミングなのだ。「アイドルヲタク響とストーブさんだけにはアキは強気で、二人に対して白目を逆に向けて舌打ちする。そんな演技を能年さんは瞬発的に出来るようになったんですよね」アキが怒るシーンで、思い切ってやってイイと指示した瞬間に突然そんな表情になる…だから撮影していても飽きなかったと、二人は口を揃える。

 個人的な好みの話しで恐縮だが、筆者が『あまちゃん』の中で好きなエピソードを挙げるとするならば、迷わず前半北三陸編の第8週「おら、ドキドキがとまんねぇ」を選ぶ。今回のワークショップでお二人のお話を聞く限り、8週目というのが、物語的にも能年玲奈の演技力の開花にしても、ある意味ターニングポイントだったように思われる。中でも第44話について、訓覇氏は今回の脚本に対するスタンスとして、大きな意味を持つシークエンスだったと語っていた。この回で小泉今日子と尾美としのり演じる夫婦の離婚問題に関して一旦ケリをつけるという節目を迎えるわけだが、このドラマチックな局面を迎える二人の間に、何故か関係ない大吉を座らせたのだ。「従来の朝ドラにおいて、主人公の両親が離婚を決める一番心情を語り合う局面に、大吉という第三者がいるというのは、普通ならば考えられない」ここで迷った…と、当時を振り返る訓覇氏。そこに吉田氏が続ける。「撮影前は、二人が大吉がいる事を意識するのかしないのか?というのがすごい大きな問題でした。リアリティを追求すると意識するに決まってますが、そうすると、ボケちゃって笑いにもならない。宮藤さんの脚本はそういうのが多いんですよね。リアリティをある種越えた心情の面白さ…幸い、小泉さんも尾美さんも笑いを理解されている方たちなので、ずっと疎外感を感じている大吉がいるというシーンが出来上がったワケです」

 「今回、宮藤さんとお付き合いして、(今まで思っていた)朝ドラの二倍から三倍の情報量が15分に入るんだなと思いました」試写を見終わった訓覇氏は、"これだけの内容が15分のドラマに入っていたのか?"と驚きを隠せなかったという。「面白い作品を見た時に、"わぁ短かった"って思う…これは普通の反応ですよね。今回は、"長いなぁ、何て見応えがあるんだ!"と、情報量の多さに15分以上のドラマを見た感覚でした」この言葉を聞いた時、筆者は朝ドラにおける物語の組み立て方や考え方はショートフィルムに似ていると思った。短い時間の中で限界を越えた複数のエピソードやシークエンスを整理して巧みに盛り込む事で、より深い物語を構築する事が可能なのだ。以前、"ショートショート フィルム フェスティバル"の閉会式で壇れいさんが受賞作品に対して、「まるで長編映画を1本観たような感覚になりました」とコメントされていたのを思い出した。

 そして、ワークショップの最後にお二人は、映像業界を目指すクリエイターに向けて次のようなメッセージを贈られた。「小さなリアリティにこだわらず感情のリアリティを表現して欲しいと思う。自分のエゴを満たすためにモノを作るのではなく、人を喜ばせるためにモノを作る…そういう目線がないと、"自分が訴えたい内容は、短い時間じゃ無理だ"という考え方に陥ってしまいますから」と述べる吉田氏。そして、最後に訓覇氏が自身の経験を振り返りながら述べられた言葉が印象に残った。「色々な事をやっては失敗してきて、最近になって少し分かってきたのは、失敗してもイイから、作って出して…を繰り返す事で少しずつ成長していく。(中略)人にボロカス言われたり褒められたりを繰り返す事が成長への第一歩です」参加者たちからの質疑応答を中心とした第三部も予定時間をオーバーしてもなお質問は途絶える事無く、あっという間の4時間だった。

取材:平成25年10月27日(日)ショートショート フィルムフェスティバル & アジア「フォーカス・オン・アジア」”ワークショップ会場 東京都写真美術館にて

【訓覇 圭プロデュース映画】

平成19年(2007)
ハゲタカ

平成24年(2012)
外事警察
 その男に騙されるな




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