雪深い北海道の過疎の街にある小さな診療所で働く看護師は耳が聴こえなかった。愛する人に伝えたい思いを言葉にする事が出来ないもどかしさ…絶叫にも似た声を上げて悲しみを訴える主人公・彩を酒井法子が迫真の演技で見せたドラマ『星の金貨』は周知の通り、口コミで回を追うごとに視聴率が上がり、最終回では23.9%という記録を打ち出す大ヒットドラマとなった。脚本を手掛けたのは本作でデビューを飾るなり、いきなりヒットメーカーの肩書きが付く事になった龍居由佳里。続けて手掛ける和久井映見主演の月9ドラマ『ピュア』と『バージンロード』も平均視聴率20%を越える大ヒットを記録する。長年テレビドラマの脚本家としてヒット作を送り続けてきた龍居由佳里が、デビュー20年目にして今回初めて漫画を原作とした脚本に挑んだのが、“泣けるラブストーリー”と若者から絶大な人気を誇り、第37回講談社漫画賞を受賞した『四月は君の嘘』だ。

 ずっと漫画の脚本を断り続けてきたという龍居由佳里が何故、本作のオファーを引き受けようと思ったのか?「活字ならともかく、漫画は既に画がある(世界観が出来上がっている)ものですから、ずっとお断りしていたんです。でも、連絡いただいたプロデューサーからストーリーだけでも…と、説明された内容が面白そうだった事と、タイトルが素敵だったので原作だけでも読んでみようかと」元々、漫画自体は好きだった事も手伝って、持ち帰った本は、その日のうちに読破してしまったという。「実際に読んでみたら、単なる胸キュンラブストーリーではなく母親の死というトラウマを主人公が抱えている設定が、とても面白かったんです。死んだ母親との関係もしっかり描きたいので、龍居さんにお願いしたかった…というプロデューサーのひと言で引き受けました」また、音楽ものというジャンルも強く興味を引いた。「自分では音楽は全く出来ないのですが、出来ないものへの憧れがあって、ずっとやってみたかったジャンルではあったんです。漫画での演奏シーンが実際に映画になると、どんな演奏になって、どう聴こえるんだろう…と。プロデューサーが順番に音源を落としてくれたので、脚本を書く時は、それを聴いてました」

 最も苦労したのは、しっかりと描き込まれている原作(画)の世界観を残しつつ、自分らしさをどのように入れれば良いか…というところだった。今回大きく設定が変わっているのは、メインとなる観客層に合わせて、主人公を中学生から高校生にしたところ。多くのセリフは比較的そのままの形で活かされていた。「長編の小説を脚本化する時は、行間を自分で埋められるので、自分の創造の部分と原作の部分と上手く兼ね合いを取れば更に面白くなる事もあります。例えば…原作では読み方によってはこうだけど、実はこうなんじゃないの?といった自分なりの解釈を入れる事も出来るんです。でも漫画だと既にビジュアルが出来上がっているのでひとつ崩すと全部が違ってくるところが、割と如実に出てしまうんだな…と書き進めるうちに、そうそう勝手に変更するのは難しいと思いました」

 主人公・有馬公生の心に抱えている闇…小学生の頃から正確無比な演奏でヒューマンメトロノームと賞賛されていた天才ピアニストは、コンテスト終了後、些細なミスを厳しく叱咤した厳格な母親に向かって叫ぶ…お前なんか、死んでしまえばいい。母親の死後、公生から離れない母の幻影…確かに、この漫画を映画化出来る脚本家は、龍居由佳里しか考えられないと、原作の第1巻を読んだ時から思っていた。過去から逃れられずもがく公生の姿は、これまでの龍居作品で何度も描かれてきた登場人物たちに酷似していたからだ。『愛なんていらねえよ、夏』の広末涼子も『ストロベリーナイト』の竹内結子や『小児救命』の小西真奈美も…そう言えば『小さき勇者たち ガメラ』の富岡涼も母を失った悲しみから逃れられずにいた。「根が暗いんですかね…(笑)確かに過去に囚われてトラウマや悲しみを抱えて、前に踏み出せない人物が多いかも知れないですね。『四月は君の嘘』に興味を持ったのは、単純な青春ラブストーリーと違って、主人公が二人とも逆境にいるからです。人が生きていく上で多かれ少なかれ逆境的なものはあって当然。だから公生とかをりは、お互いに惹かれ合った…と思うんです」

 本作も含めて、一連の龍居作品に登場する主人公たちは、こうした弱さや逆境から、何かをキッカケとして乗り越える瞬間に爆発的な力強さを見せる。公生が何年ぶりにステージに立ってピアノを弾く前半のシーンがそうだった。最初は天才の復活を誰もが思ったが、中盤でピアノの音が聴こえなくなりメチャクチャな演奏になってしまう。次の瞬間、何かがはじけて圧巻の演奏を披露する。「人間、誰しもそういった弱さを持ってますよね。影があったり、悪いところだったり、弱さだったり…それを乗り越えるのは、復活とか再生といったものではなく、何かを捨てて新しく生まれ変わるイメージです。捨てるというのは別に悪だから捨てるのではなく、捨てる事で乗り越えて、そこで初めて先に進められるのではないでしょうか」

【龍居由佳里 脚本作品】

平成18年(2006)
小さき勇者たち〜ガメラ〜

平成23年(2011)
ストロベリーナイト

平成28年(2016)
四月は君の嘘




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