現在、日本を取り巻く環境や超高齢化など様々な社会問題に対して多角的に取り組み、活力ある都市を作り上げる国家的プロジェクト「環境未来都市」。その理念に賛同した神戸の新地町や北九州市など現在に至るまで全国で11都市が選定されている。この60年で人口が3.5倍にも増え、2029年には65歳以上の高齢者が100万人に達するという推計が出ている横浜市は、OPEN YOKOHAMAをキーワードに、“ ひと・もの・ことがつながり、うごき、時代に先駆ける価値を生み出す「みなと」”というコンセプトを立ち上げて、2011年12月、国から選定を受けた。『ブリリア ショートショート シアター』が、ある事から横浜市と深い関わりを持つショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF &ASIA)は、「環境未来都市・横浜」の普及啓発活動の一環として、映画祭内に横浜の名を冠した「FutureCity Yokohama Award」を設立したのは2013年の事。応募作品の中から、「未来の環境、都市、ライフスタイル」というテーマに即した優秀作品に賞を授与している。

 今年で5回目を迎える節目を記念して林文子・横浜市長から「もう5年もやってきたのだから、作品を集めるだけではなく、実際に私たち(横浜市)で作ってみるのはどうでしょうか?」という提案が持ちかけられて、完成したのが横浜の魅力を発信するショートフィルム『一粒の麦』だった。「物語を作るにあたって、まずは横浜が発祥のものをリサーチしてみたら、バーとかパン、ラグビー等々、結構多いんですよね。同様に姉妹都市を締結している街も全世界に無茶苦茶たくさんあるんです(笑)。そこで行き当たったのが、横浜で作られている小麦の存在でした」と語ってくれたのは、本作のプロデューサー奈良太一氏だ。「人間が生きて行く上で、ひと・もの・ことの根幹にあるものは、やっぱり食じゃないか?っていう事で、みんなの意見が合ったんです。横浜が発祥地であるパンを通じて人との繋がりを見せるのは、このプロジェクトに合っているのではないか…と」

 みなとみらいにある『ブリリア ショートショート シアター』で、長年、支配人を務めてきた奈良氏は、横浜という街の魅力についてこう語ってくれた。「みなとみらいのように街が開けていて、国内外新旧の文化が多様である一方で、道を一歩隔てれば狭く入り組んだディープな一面もある。 少し散策しただけで、豊かな自然に触れられて歴史ある建物に出会える…何か他の都市には無い柔軟性と普遍性を感じていました。この作品の中にもそういった事が入っていますよ。今回撮影に使わせていただいたウチキパンさんだって、128年間も創業時からそのままの製法でパンを作り続けてきたのは、横浜という街が持つ普遍性と共通しているのではないでしょうか?」

 美味しいパンを作る秘訣が書かれているであろうレシピノートを求めて、はるばるフランスから横浜にやってきた絵里子。そこで出会ったのが、店じまいを考えているホンダパンの店主だった。実はこの映画の結末は、ものすごくシンプル。美味しいパンを作る秘訣とか由来を期待していた絵里子だったが、ノートに書かれていたのは、パン作りの失敗の記録だった。「僕自身、完成した作品を観て、一番イイなぁ…と思ったのはこのシーンでしたね。美味しいパンを作りたい!という思いに凝り固まっていた絵里子に対して気づきをポンっと与えてくれたのがこのノートです。昨年、私がプロデュースした『未来のカケラ』も根底にあるテーマは同じなのです」両作品に共通しているのは、主人公の思いや願いが、物語の芯に置かれているところで、それを実にシンプルに描いている。「実は、それが大事だと思うんです。東日本大震災というつらい体験をして、自分の大切な人に家を作ってあげたいという主人公が、小さい物置だけれども自分の力で作った…ただそれだけの話しだからこそ、監督の思いが観客に響くのだと思います」そうした主人公の思いをストレートに伝える内容だったからこそ両作品共、ショートフィルムという形態にピッタリはまった…と奈良氏は分析する。

 『一粒の麦』では、パン作りに意欲的な絵里子と、パン作りを諦めかけている本多という両極端な二人の対比が面白く仕上がっている。「二人の感情に特化してギュッと短い時間に集約してみせる…これをショートフィルムで表現するというのがミソであり、ショートフィルムの良いところなんです。絵里子を演じるシャーロット・ケイト・フォックスさんの持つ真っ白な感情。それに対してパン作りが日常化してやる気がなくなっている本多を演じる柄本明さんは年輪にも似た重厚で重い感情ですよね。熱く語るシャーロットさんに柄本さんがボソっと言うセリフが良い対比になっていると思います」本来、短い時間に観客が自分に重ね合わせて感情移入するのがショートフィルムの良いところでもあるのだが、本作では敢えて、どちらのタイプも当てはまらない…言わば、行き過ぎた純粋さ、行き過ぎた年輪の二人がぶつかって、答えを導き出している。「だから、今回の作品は観客が二人のぶつかり合いをボーッと観る…新しい形のショートフィルムの醍醐味みたいなものが出て来たと思いました」

 本作の結末は明確な答えを打ち出しているものではない。「あのレシピに意味なんて無かった…」とつぶやく絵里子の言葉通り、プラス(+)を積み重ねて行くというのではなく、マイナス(ー)を削って削ってひとつの答えに辿り着いたものだった。このラストの中に、これからの横浜がどこに向かうのか…を感じ取る事が出来る。ネットで必要以上の情報が個人の元に集まって来る昨今において、自分にとって本当に大切なものは何か…を削ぎ落として、ひとつの賛同出来る答えを見つけ出す事が重要な時代に直面しているのではないだろうか。「未来のライフスタイルって情報を発信する見えない相手を、個人がセレクトしていく術が必要だと思うんです。だって、昔だったら行政がやる映画とかは公民館に集まって観ていたワケですよね。だから、皆は情報の出所はハッキリ分かっていた。でも今は大切なお知らせとか重要な映像が、ゴシップニュースや娯楽系の近くに置いていたり…下手すると並んでいる事だってあるんです。発信する側の責任もありますが、受け取る人も上手にセレクトしなくてはいけない時代が来ていると思います」

 ネット社会の今だからこそ、まさに、“ひと・もの・こと”のバランスが重要な時代になってきている。ただ残念ながらヒトというのが見えなくなっていた…というのがネット社会の暗部でもあった。「僕は、アジアやインドネシアを旅行するのが好きなのですが、良い街だな…と思うと、そこに住む人たちは、みんな良い人だと感じる事があるんです。お互いに知り合う事ができれば、本当に良い関係を保てると思います。街の歴史や風土そして特色を感じ取って、地域の人たちのキャラクター(年齢層・方向性・何に興味を持っているか)を理解する事で、より良い関係が産まれると思います」確かに、その言葉を聞いて、そこから派生する産業やプロジェクトが真のグローバルと言えるのではないか?と思う。最後に奈良氏はこう付け加えてくれた。「横浜ならではの文化の発祥や成り立ちなどを根幹に置いたイベントや事業を横浜にある団体と横のつながりを大切にしながら実施していくことで、もっと開けたクリエイティブな街になると思いますし、私たちも一緒にやっていけたら…と考えています」

取材:平成28年12月21日(水)株式会社パシフィックボイスにて

 



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