幸福の黄色いハンカチ デジタルリマスター
映画賞を独占!日本中の涙を絞った、あの名作が美しいデジタルリマスターでスクリーンに甦る。
2010年(オリジナル1977年) カラー シネマスコープ 108min 松竹
製作 名島徹 監督、脚本 山田洋次 脚本 朝間義隆 原作 ピート・ハミル 撮影 高羽哲夫
美術 出川三男 音楽 佐藤勝 照明 青木好文 編集 石井巌 録音 中村寛、松本隆司
出演 高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおり、たこ八郎、小野泰次郎、太宰久雄
岡本茉利、笠井一彦、赤塚真人、統一劇場、渥美清
ドーンの作詞・作曲したフォーク・ソングとしても親しまれている、ピート・ハミル原作の映画化。模範囚として六年の刑期を終えた男が、行きずりの若者二人と共に、妻のもとへ向う姿を描く。脚本は『男はつらいよ』シリーズで長年コンビを組んでいた山田洋次と朝間義隆の共同執筆、監督も同作の山田洋次、撮影も同作の高羽哲夫がそれぞれ担当。高度成長期、オイルショックを経た1977年10月に公開され、あらゆる世代の観客を集め大ヒットを記録。日本人全体の興味、関心、憧憬が海外に向けられていた時代に、一度、日本の素晴らしさを気づかせてくれた映画でもある。その年の映画賞を独占した、日本映画史に残る不朽の名作が、デジタルリマスターされ、33年ぶりにスクリーンに甦る。人間味溢れる主人公・島勇作を演じ、主演男優賞を独占した高倉健、健気な妻・光枝を演じる倍賞千恵子。そして当時、映画初出演の武田鉄矢と、山田組初出演の桃井かおり。4人の名優のアンサンブルは、今も輝きを失っておらず新鮮な驚きをもつ。
デジタルリマスターとは、『砂の器』、『二十四の瞳』と同じく、ハリウッドでのCG合成をする際にスタンダードで使われるシステムで、デジタルによって退色を調整、色補正を施す。そのデータをフィルム・レコーディングして、新しいネガを作成。音声に関しても、山田洋次監督作品の仕上げを行う松竹サウンドスタジオで再調整を行い、山田監督が整音担当と相談の上、当時のモノラル音源を活かし、ノイズのクリーニングを行い、バランスも整音をしている。
※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
車で旅をする欽也(武田鉄矢)は網走の駅前で、一人でふらりと旅に出た朱実(桃井かおり)と知り合う。朱実は欽也の車に乗せてもらい観光を楽しんでいると、海岸で島勇作(高倉健)という男性と知り合う。欽也は勇作を車に乗せて、三人の旅は始まった。自分の素性を明かさない勇作だったが、狩勝峠で、一斉検問が行なわれていたため勇作の過去が二人にバレてしまう。勇作は、一昨日刑期を終え、網走刑務所を出所したところだったのだ。朱実と欽也は驚きのあまり、語る言葉もなかった。走る車の中で勇作は重い口を開いて、朱実と欽也に過去を語り出した。夕張の炭抗で働き始めた勇作は、町のスーパー・マーケットで働いていた光枝(倍賞千恵子)と恋に落ちて結婚した。それから数年は幸福な日が続き、光枝は妊娠するものの程なく流産してしまった。その夜、勇作は飲み屋で酔っぱらったチンピラとケンカになり、チンピラを殴り殺してしまう。六年間、刑務所で過した勇作は刑期を終える直前、「もしも、お前が今でも独りで暮しているなら、庭先に黄色いハンカチをつけておいてくれ。そのハンカチを見たら俺は家に帰る。でもハンカチがなかったら、俺はそのまま夕張を去っていく」と光枝に手紙を書いた。その話を聞いた朱実と欽也は一直線に夕張に向かう。夕張に着いた、欽也と朱実の眼に映ったものは、角の家の狭い庭先に、たなびく何十枚もの黄色いハンカチであった。
記念すべき第一回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『幸福の黄色いハンカチ』がデジタルリマスターで蘇る。と、あって往年の映画ファンとおぼしき年輩の方々が多かった東銀座にある老舗映画館“東劇”。高度経済成長期も終わり社会的に不安定だった時代に製作された本作は多くの観客の涙を誘い、今もなお支持され続けている。その人気の理由は何なのか?それは、山田洋次監督が時代背景をきちんと描き上げているからだ。単純に骨子のストーリーだけを追っていたとしたら、本作は単なるラブストーリーになっていたであろう。まず、主人公・高倉健が炭坑夫であるところが良い。本作では具体的に語られていなかったが、時代は炭坑の閉鎖と人員削減による争議が繰り返されていた頃だ。チラッと挿入されるカットに落盤事故が起こり、健さんの無事な姿に抱きつく妻役の倍賞千恵子の姿がある。安全面も問題視されていた炭坑の実情が映像の端々に見え隠れするところに庶民派・山田監督のこだわりを感じるのだ。多分、公開当時に観た人も現在の夕張を想像する事は出来なかったであろう。「映画は時代を写すタイムカプセルだ」と言った人がいるが正にその通りだと思う。そして、彼女にフラれ工場も辞めて北海道にやって来た武田鉄矢も、何をやっても上手く行かず何かを求めて一人旅をする桃井かおりも時代に乗り切れない若者として登場するのが興味深い。
二人が乗る車(ファミリアとスポンサー提携していたのですね)に網走刑務所を出所した健さんが加わり北海道横断のロードムービーが始まる。原作となる“幸福の黄色いリボン”はバスが舞台で複数の乗客がいたが、そこを三人に絞ったのが正解だったと思う。語り手となる健さんに対して聞き手の二人の感情の起伏と愛する事に向き合う事による変化が丁寧に描かれていたからだ。そして健さんの過去を回想シーンにしたおかげで、一緒に旅をする若者たちとの温度差が表現されていたのが面白かった。ここに出ている武田鉄矢は“金八先生”以前であるが、やはり演技が上手かったんだなぁ〜と(正直、彼がいたから健さんの渋味が増したのだと思う)、改めて感心させられた。軽薄そのものの若者が途中で見せる涙は実に効果的だった。
北海道の大自然を往くロードムービーの場合、風景を含めた映像の美しさも重要だ。そこで、今回のデジタルリマスターによる修正作業が大きな鍵を握る。特に見せ場であるラスト…風にたなびく無数の黄色いハンカチのクリアな映像は素晴らしい。試しにニュープリントで収録されているはずのDVDと見比べたのだが発色とコントラストに関しては雲泥の差だ。松竹は昔の自社製作した名画をデジタルリマスター版で公開されるが、これは今後も続いてもらいたい。少なくともモノクロ作品をカラー化したり、2D作品を3Dにしたりする事と訳が違う。こうした形で日本映画の名作を後世に伝えるのは文化的意義が大きい。
「もし本当だったら、あの竿の先に何か目印揚げとく」子供が出来ているかも知れないという倍賞千恵子演じる妻のセリフがこう続く…「そうね…黄色いハンカチにしようか」。