マルサの女
人脱税摘発の超プロフェッショナル、日本のタックス・ポリス、国税局査察部―人呼んで彼らをマルサという
1987年 カラー スタンダード 127min 伊丹プロダクション=ニュー・センチュリー・プロデューサーズ
製作 玉置泰、細越省吾 監督、脚本 伊丹十三 撮影 前田米造 音楽 本田俊之 美術 中村州志
録音 小野寺修 照明 桂昭夫 編集 鈴木晄 衣裳 小合恵美子、斉藤昌美
出演 宮本信子、山崎努、津川雅彦、大地康雄、桜金造、小林桂樹、岡田茉莉子、大滝秀治、伊東四朗
マッハ文朱、松居一代、室田日出男、芦田伸介、上田耕一、高橋長英、小澤栄太郎、橋爪功
『お葬式』のヒットにより、生まれて初めて二億数千万という税金を払って、税金に対して興味を持った伊丹十三が描く脱税のプロとそれを摘発するプロが知恵の限りを尽くしてしのぎをけずる物語。税金をとられる人間たちの修羅場の連続で日本の断面図が作れると判断した伊丹監督は猛烈な取材を敢行し、脚本を作り上げた。撮影は『お葬式』でコンビを組んだ前田米造を中心にCM界から照明の桂昭夫、美術には『麻雀放浪記』の仕事に惚れ込んだ伊丹監督が招いた中村州志等のベテランが集結。出演は、伊丹映画常連の宮本信子と山崎努が前2作に引き続き、今回は摘発する側とされる側に分かれて火花を散らしている。また、津川雅彦、小林桂樹、大滝秀治、岡田茉莉子といったベテランが脇を固める他、大地康夫が伊丹映画初出演ながら印象に残る演技を披露。その後、伊丹映画には欠かせない名バイプレイヤーとなる。日本アカデミー賞・最優秀作品賞を獲得する他、山崎努が最優秀主演男優賞、宮本信子が最優秀主演女優賞、津川雅彦が最優秀助演男優賞を受賞するなど、その年のアカデミー賞を総なめにした。印象的な山崎努のビッコを引く設定は脚本に無く、山崎努自身が舞台でやっていた演技を提案し、取り入れたアドリブであった。メイキングビデオ『マルサの女をマルサする』をまだ新人の周防正行が手掛けている。本作が社会問題を引き起こす程の大ヒットを記録したため翌年には続編となる『マルサの女2』が公開され、またも話題となった。
税務所の調査官・板倉亮子(宮本信子)は、ある日、一軒のラブホテルに目をつけ、そこのオーナー権藤(山崎努)が売り上げ金をごまかしているのではないかと調査を始める。権藤には息子の太郎と内縁の妻・杉野光子(岡田茉莉子)がいた。権藤は一筋縄ではいかない相手で、なかなか脱税の証拠も掴めない。そんな時、亮子はマルサと呼ばれる摘発のプロ集団・国税局査察部に抜擢された。マルサとしての調査経験を積んでいった亮子は、上司の花村(津川雅彦)と組んで権藤を調べることになる。ある時、権藤の元愛人・剣持和江から彼の今の愛人・鳥飼久美子が毎朝捨てるゴミの袋を調べろとタレコミの電話が入り、亮子たらは清掃車を追いかけ、やっとのことで証拠の書類を見つけ、遂に権藤邸をガサ入れする事が決定した。ガサ入れ当日、遂に亮子たちの目の前に本棚の奥にあった隠し部屋から大金と金塊が現れるのだった。半年後、亮子の前に現れた権藤は、突然ナイフで指を傷つけ、血で亮子が以前忘れたハンカチに残りの貸し金庫の暗号を記して渡した。
伊丹十三監督が処女作『お葬式』の大ヒットで得た興行収益の大半を税金として持って行かれた事から、税金とは何なのだろう?という疑問から誕生した本作。この映画で“マルサ(=国税局)”という言葉を知り、流行語にまでなった“女”シリーズ第一弾。前2作で共演した山崎努と宮本信子が、脱税する側と脱税を取り締まる側で対峙して、クライマックスでは二人の緊迫感溢れる駆け引きが繰り広げられる。伊丹監督は、目の付け所がイイ…というわけではなく、多分、色んな事に興味と疑問を抱く純粋な人なのだと思う。だからこそ、上辺だけに止まらず、とことん追求して調査の上に成り立っているから全ての作品が面白いのだ。
この映画が製作されたのは、バブル前夜…にわかに景気の良いところは、儲かり始めた頃だ。本作で描かれている対象は東京近郊で何軒ものラブホテルを経営している事業家―山崎努は、『タンポポ』から180度異なった社会のはみ出し者をイキイキと演じている。冒頭、まだ税務署員だった(税務署と国税局…どちらも税に関する機関と思ったら大間違い)宮本信子が、商店街にある小さな食料品店の帳簿を調べるシーンがある。自分の店だからといって勝手に売れ残りのコロッケを食卓に乗せてはならないのだ…と初めて知った。ナルホド、確かに仕入れはちゃんと帳簿に付けているんだから、当たり前と言えば当たり前…。自分で会社やお店をやっている人にとっては笑うに笑えないところだろう。興味深いのは、続く伊東四郎が経営するパチンコ屋がやっている売り上げのごまかし方。本作では、様々な脱税方法が紹介されており、これって多分いたちごっこで、次から次へと新しい手口が生まれてくるのだろう。正にバブル直前のヤクザの地上げが横行する最中に作られた続編では新興宗教と結託した経済ヤクザの新しく巧妙な脱税が描かれているので、是非そちらもご覧いただきたい。話しを戻して…伊東四郎のパチンコ屋でも描かれているが税務署員は直接、金庫を開けたり現金に手を触れる事はできず、マルサになって初めてテレビでたまに見る強制捜査とかが出来るわけだ。まぁ、マルサは税金の警察的な権限を持っているという事で、相手はかなり悪質な大物という事になる。だから宮本信子がマルサになってからの後半が俄然面白くなる。
前半は脱税に関する基礎知識を我々観客に紹介して、後半は脱税者とマルサの対決で息つく暇を与えないリズム感溢れる演出でラストまで一気に物語を進展させる。マルサにいる捜査官のプロフェッショナルな仕事ぶりも見どころのひとつで、津川雅彦、大地康雄、桜金造といった伊丹映画常連の個性派たちが歯切れの良い演技でイイ味を出している。雨の中ずぶ濡れになりながら張り込んだり客を装ってラブホテルに潜入したり…と、調査の過程が面白く、強制捜査が始まると一転して秒単位での心理戦が開始される。こうした心理戦の描写では、山崎努の飄々とした演技が絶大な効果を発揮する。不思議なのが、日頃税金に対して、文句を言っている側の自分なのに映画が進むにつれてマルサ側に付いてしまっている事だ。まぁ金を持っている奴からドンドン取れ!というのが正直な心境。ただ、やっぱりこの映画を観ていると、税金を取る現場の人たちの苦労もよくわかるので、政治家や地方の役所の方々が下らない公共事業に遣ったり懐に入れたりしないで…と切に願うばかりである。
「金貯めようと思ったらね、使わない事だよ。100万あったって使えば残らない。10万しかなくても使わなければ丸々10万残るんだからね」正にその通りなのだが…。
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