お葬式
笑いながら、あれ、なぜか涙が…

1984年 カラー スタンダード 124min N・C・P=伊丹プロダクション 
製作 玉置泰、岡田裕 プロデューサー 細越省吾 監督、脚本 伊丹十三 撮影 前田米造
音楽 湯浅謙二 美術 徳田博 録音 信岡実 照明 加藤松作 編集 鈴木晄 モノクロ撮影 浅井慎平
出演 山崎努、宮本信子、菅井きん、大滝秀治、財津一郎、江戸家猫八、奥村公延、友里千賀子
尾藤イサオ、岸部一徳、津村隆、横山道代、津川雅彦、小林薫、高瀬春奈、笠智衆、池内万平
西川ひかる、海老名美どり、香川良介、藤原釜足、田中春男、吉川満子、加藤善博、関弘子


 俳優・伊丹十三が監督として映画を作り上げた記念すべき第1作。前年に妻であり女優・宮本信子の父親の葬儀を主宰した伊丹が、葬式という儀式を「これはまるで映画だ」と感じ、約一週間で脚本を書き上げた。伊丹の脚本にいち早く興味を持った『家族ゲーム』を手掛けたNCPの岡田裕社長が製作面で協力、製作は長年付き合う事となる玉置奏が担当している。当初“侘助たちの秋”という題名で書かれた本作は製作の日程上、初夏の設定となったものの、火葬場で宮本信子夫人と並んで煙の上がる煙突を見上げた時に覚えた“小津安二郎の映画の中へ入ってしまった”ような感動は作中にしっかりと反映されている。伊丹監督曰わく“キャスティングは演出の仕事の半分”というだけに、1ヶ月を掛けて慎重に吟味。その結果、素晴らしい俳優たちが一堂に会した。主人公は以降の伊丹作品で主役を務める宮本信子と山崎努(日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞)。また脇を固めるのはベテラン財津一郎、大滝秀治、菅井きん(日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞)。ロケ撮影は実際の湯河原にある伊丹邸を使用している。まだ監督としては新人だった伊丹はスタッフにベテラン勢を揃え、『家族ゲーム』で俳優として一緒に仕事をした前田米造をカメラマンとして起用する他、編集には、日本フィルムエディター界の重鎮『南極物語』の鈴木晄、音楽は日本を代表する作曲家『悪霊島』の湯浅譲二が担当している。作中、モノクロ映像の撮影を写真家の浅井槇平が手掛けているのも話題となった。伊丹十三初監督作品ながら、この年の日本アカデミー賞最優秀作品賞を筆頭に数々の賞を総ナメにした。


 井上佗助(山崎努)、雨宮千鶴子(宮本信子)は俳優の夫婦だ。二人がCFの撮影中に、千鶴子の父が亡くなったと連絡が入った。千鶴子の両親は佗助の別荘に住んでいる。その夜、夫婦は二人の子供とマネージャーの里見と一緒に別荘へ向かった。一行は病院に安置されている亡き父と対面する。佗助にとって、お葬式は初めてのこと、お坊さんへの心づけから何から何まで分らない。別荘では、真吉の兄で、一族の出世頭の正吉(大滝秀治)が待っており、佗助の進行に口をはさむ。そんな中で、正吉を心よく思わない茂(尾藤イサオ)が、千鶴子と母・きく江(菅井きん)をなぐさめる。そこへ、佗助の愛人の良子が手伝いに現れる。ゴタゴタの中、告別式が済むと、佗助と血縁者は火葬場に向かった。煙突から出る白いけむりをながめる佗助たち。喪主である母が参列者に挨拶を終えると、集まった人々を見送る佗助と千鶴子であった。


 幼い頃、自分の祖父の葬儀に始めて出た時の記憶は、今でも鮮明に覚えている。だからといって、祖父の死に対する悲しみがあったわけではなく、身近な人の死を理解出来る年齢でもなかったので覚えている事と言えば、久しぶりの従兄弟達と遊んだ事や、部屋で眠るように横たわっていた祖父の遺体…そして、幼いながらも厳粛なムードに飲まれていた葬儀場だったりする。子供心に見る“お葬式”の光景は非現実的で、まるでお伽話みたいなものだった。
 当初、“侘助たちの秋”というタイトルからスタートした伊丹十三の初監督作品『お葬式』は、幼き頃に見て感じた不思議な思い出を呼び覚ましてくれる。シチュエーション映画という新ジャンルを確立した伊丹監督は、徹底的に、ただ“お葬式”という儀式だけに焦点を当てる。決してよそ見をせず、宮本信子演じる主人公の父親が死んで親戚やら御近所の友人やらがザワザワと集まって、お通夜が始まり、酒盛りが始まり…親戚の中でも必ず仲の悪い者がいたりして…そんな様子をひたすら静観しているのだ。カメラは、観客の目となり、観客は葬儀の場に居合わせている第三者となる。
 夜が更けると場もそれなりにしんみりとしてきて、故人を偲ぶ言葉が出始める。故人の甥を演じた尾藤イサオが、お金に汚い別の叔父を悪く言い、その点…と、故人を讃えるセリフが妙にリアルでホロリとさせられる。あぁ…本作で描かれている事は、そんなに目新しいものではなく、きっとあちこちのお葬式や法事の場面で見られるものばかり。伊丹監督は、日常にある何でもない風景を切り取って映像にペタペタと貼り付ける事で単にエンターテイメント性を持たせただけでなく、何とも言えない感慨深い感動を与えてくれた。多分、日常にある普通の光景だからこそ、我々観客は容易に感情移入出来たのだろう。だから「わしゃ、あの叔父さんは大嫌いじゃ」と、静かに吐き捨てる尾藤イサオの何気ない言葉が胸に染み入るのだろう。
 主人公の夫を演じる山崎務の演技がまた素晴らしい。妻の父親の葬儀だから、自分の立場が微妙で、お客さんではないのだが、御近所のオバサンたちより内側に入っていない。まぁ、要するに直接血がつながっていない限り、精神的なお客さんなわけで、そうした微妙さを見事に表現していた。最後に喪主の挨拶をしなくてはならなくなり、ふてくされるのは、誰もが身につまされる最高のお笑いだ。伊丹監督は、要所要所に、ドキッとさせたり、頭を掻きたくなるような恥ずかしい場面を配置。それを中だるみしそうな頃合いを目指して挿入するのである。故人の奥さんを演じた菅井きんは、本作で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得した。ラストで亡き夫へ向けての想いを語る喪主の挨拶を観ると受賞するのは当たり前だと感じる。人が死んで、火葬場で灰となるまで、何と短い事か…。別荘の庭先で、無心にブランコを漕ぐ喪服姿の宮本信子の表情に、人生の儚さを全て凝縮させてしまった伊丹監督は、正に天才である。

「俺は春、死ぬ事にしよう。俺が焼かれる間、外は花吹雪…イイぞ」火葬場で義父が荼毘に臥される時、天に上がる煙を見ながら侘助が妻につぶやく台詞。何とも自然で味わいのある言葉だ。


レーベル: ジェネオン エンタテインメント(株) 
販売元: ジェネオン エンタテインメント(株)
メーカー品番:GNBD-1061 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,935円 (税込)

昭和59年(1984)
お葬式

昭和60年(1985)
タンポポ

昭和62年(1987)
マルサの女

昭和63年(1988)
マルサの女2

平成2年(1990)
あげまん

平成4年(1992)
ミンボーの女

平成5年(1993)
大病人

平成7年(1995)
静かな生活

平成8年(1996)
スーパーの女

平成9年(1997)
マルタイの女




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