プール
タイのチェンマイ。小さなプールのまわりに集まる5人の6日間の物語。

2009年 カラー ビスタサイズ 96min パラダイス・カフェ
エグゼクティブプロデューサー 奥田誠治、石原正康 監督、脚本 大森美香 撮影 谷峰登
美術 富田麻友美 音楽 金子隆博 主題歌 ハンバート ハンバート 編集 普嶋信一 照明 斉藤徹 
録音 古谷正志 原作 桜沢エリカ ヘアメイク 宮崎智子 フードスタイリスト 飯島奈美
出演 小林聡美、加瀬亮、伽奈、シッティチャイ・コンピラ、もたいまさこ

(C)プール商会


 漫画家・桜沢エリカが、映画化を前提に書き下ろした新作を脚本家であり演出家としても活動を広げている『ネコナデ』の大森美香が脚本・監督を務め、タイ・チェンマイを舞台に、それぞれの事情を抱えた5人の男女の6日間の人間模様を描く。風のような軽やかさで、自分の持って生まれた資質に素直に生きている主人公・京子には、構えず自然にたたずめる『かもめ食堂』の小林聡美。人の良い不器用な青年・市尾には、生理感でそんな気質を伝えられる『めがね』の加瀬亮。くすぶり続けいてた思いを確かめに母を訪ねて来る娘・さよに、映画初出演となるモデルの伽奈。そしてゲストハウスのオーナーには、このプロジェクトで不動の位置を自然に築いてしまった『トイレット』のもたいまさこが演じている。ハンバートハンバートが手掛けた主題歌「タイヨウ」を劇中、小林聡美がプールサイドでギターの弾き語りで見事な歌声を披露している。好きな場所と好きな人、ただそれだけのシンプルなプロジェクト。映画『プール』は、タイのスタッフ・キャストと、日本のスタッフ・キャストとの素晴らしい出会いの中で生まれた映画である。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 4年前、祖母と娘さよのもとを離れ、チェンマイの郊外にあるゲストハウスで働き始めた母・京子(小林聡美)。大学の卒業を目前に控えた今、さよ(伽奈)はそんな母を訪ねて、一人、チェンマイ国際空港に降り立つ。迎えに現れたのは母ではなく、母の仕事を手伝う市尾(加瀬亮)だった。小さなプールがあるゲストハウスにはビー(シッテイチャイ・コンピラ)という名前のタイ人の子供と不思議な空気感を持つオーナーの菊子(もたいまさこ)がいた。さよは久々に会った母が、初めて会う人たちと楽しそうに暮らしている姿をどうしても素直に受け入れることができず、戸惑いを感じていた。行方不明の母親に会いたいと思っているビー、母親探しを手伝うがなかなかうまくいかず、優しさが裏目に出てしまう市尾、余命宣告を受けている菊子、ひとりひとりの中にある現実、そしてそれを自然に受け入れつつ、相手を思いやりながら生きている人たち。彼らとの出会いにより、だんだんとさよは、心が開いていくのを感じ始める。4日目の夜、市尾が作った鍋を囲んでいた、さよと京子。どうして私を残して、タイにいってしまったのか、さよはずっと聞きたかった自分の気持ちを素直に母にぶつけた。キラキラ光るプールの水面に映る、それぞれの風景。好きな場所に住み、自由に生きている人たちとの素朴な心の交流の中で、やがて日本に帰るさよの思いはゆっくりと変わっていった。


 スローライフ、スローフード…バブルがはじけてから、現代人は初めて立ち止まる事を覚えた。急激に変化するネット社会に警鐘を鳴らすかのように現れた言葉は本作でも主演を務めている小林聡美の代表作『かもめ食堂』が公開されたあたりからではなかろうか?ちょうど、高度経済成長期でバリバリ働いていた団塊の世代と呼ばれていた人たちが定年を迎え、新しい人生に対峙し始めた時期に符合する。そしてそれ以降、小林聡美はナチュラルなイメージを持った女優として映画だけではなくCM(山崎パンのCMは『かもめ食堂』そのものだった)やドラマの主演が相次いだ。そして本作…タイ郊外のチェンマイでプール付きのゲストハウス(豪邸じゃないところがポイント)で、正にスローライフを送る女性・京子に扮している。彼女には日本に一人娘のさよがいて、何故タイで暮らすようになったのかは敢えて語られていない。結構、謎の部分はそのままにして物語は進んでゆく。それはまるでご近所の知り合いの生活を垣間見ている距離感を観客と作品の間に保たれているようだ。確かに、実生活ならば最近知り合った友人に、気になるからと言って何でも明け透けに質問する事は出来ない…そんな距離感だ。
 大森美香監督はスローライフのヒント(心得…とでも言おうか)を場面のあちこちに散りばめている。例えば、ゲストハウスで一番気持ちよい場所として風通しの良い洗濯場だと京子が娘に教えるシーンがある。木立に囲まれた裏庭にドラム式洗濯機…京子が「ここに来て洗濯が好きになった」というのもよく理解できる。また、前述した他人の詮索をしないというのはそのひとつだが、その代わり元気づける方法として美味しいものを作ってあげるというのがある。京子のつくる揚げバナナなんて最高に元気がでそうなメニューだ。フードスタイリスト飯島奈美の料理を斉藤徹の柔らかいライティングでより一層引き立って実に美味しそうなのだ。そして、本来の使われ方を描いていない並々と水を湛えたプールの存在。池や湖といった自然のものではなく人工的に作られたプールの周りで登場人物たちは、さほど重要な事には触れない会話を交わし、ギターをつま弾きながら歌をうたう…(ちなみにギターの弾き語りを披露する小林聡美は、さすが日ごろからカラオケで熱唱しているだけにイイ声をしている)。透明感のある谷峰登のカメラはタイの暑さよりも、そよぐ風の涼しさを上手く表現していた。
 それは登場人物全てに共通しており、ある意味リアルな緊張感を保ちながら物語は進行してゆく。加瀬亮の私生活や、余命半年と宣告されながら3年も生きているもたいまさこ演じるゲストハウスのオーナー菊子…劇中、誰も詮索せず、観ている内に我々観客も「そんなのどうでもイイや」と思えてしまう。敢えて言うなら、本作は何もない映画だ。登場人物たちを深堀もせず、ここに至る背景も分からぬままエンディングを迎える。それを「映画にする必然的があるのか?」という意見もあったようだが、こうした作品に意味を求める事が果たして必要なのか?それよりも物語に身をゆだねて(心地良ければ寝てもイイのだ)観賞する事をオススメする。

「気持ちのいい朝…なんだかあたし死ぬ気がしなくて」本当は余命数ヶ月と宣告されている菊子がチェンマイの空を見上げて呟くセリフ。

【小林聡美 出演作】
フィルモグラフィー

昭和57年(1982)
転校生

昭和59年(1984)
廃市  

昭和60年(1985)
さびしんぼう

昭和61年(1986)
恋する女たち

昭和62年(1987)
永遠の1/2
パッセンジャー
 過ぎ去りし日々

昭和63年(1988)
グリーン・レクイエム

平成4年(1992)
ゴジラVSモスラ

平成10年(1998)
キリコの風景
てなもんや商社
 萬福貿易会社

平成14年(2002)
竜馬の妻とその夫と愛人

平成16年(2004)
理由

平成17年(2005)
かもめ食堂

平成19年(2007)
めがね

平成20年(2008)
ガマの油

平成21年(2009)
プール

平成22年(2010)
マザーウォーター




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