“うわっ!この女の子は何者だ?!”今から5年前…藤沢周平の時代劇『蝉しぐれ』で初めて佐津川愛美の演技に出会った時、全身に震えが走り、不覚にも涙してしまった。炎天下、父の亡骸を乗せた荷車を引いて坂道を上がる主人公に走り寄り、無言で荷車を押す少女・ふく。表情だけで少女の思いを伝えなくてはならない難しいシーンだ。映画の成功を決定づけたと言ってもよい、その少女を演じていたのが佐津川愛美だった。まさか、それから2年足らずで更なる進化を遂げた彼女の演技を観る事になろうとは…。それは『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の清深役だった。猟奇的な姉・澄伽にいたぶられ続ける清深は最後にしたたかな本性を露わにして逆転劇を見せる。正直言って、ふくと清深を演じた少女が同一人物と信じられなかった。いや、クレジットを見なければ、清深を演じたのが彼女とは気付かなかったかも知れない。実は、それは彼女が演じた全ての役に共通しているのだ。メイクや髪型といった表面だけ変わるのではなく身体の内側から別人になってしまう彼女の底知れぬ演技力は、一体どこから生まれるのか?…が、無性に知りたくなった。
デビュー直後から毎年2〜3作品、コンスタントに映画出演を果たす佐津川愛美。『海と夕陽と彼女の涙 ストロベリーフィールズ』『天まであがれ!!』や『泣きたいときのクスリ』のような普通の女子高生を演じる一方で『悪夢のエレベーター』のサイコキラーや『鈍獣』のようなぶりっ子ホステスを怪演して、毎回ファンの度肝を抜いてきた。こうした様々な役を演じる佐津川愛美だが意外な事に役作りはあまりしないという。「撮影が始まれば、私が演じるキャラクターに最も近い存在って私自身なんですよね。だから、私がその子の事を一番分かってあげたいなって、思うんです。演じる時はいつも、“その子はどうするのかな?”ではなく“私がその子だったらこうするんじゃないかな?”って自分に置き換えて考えています。」彼女は、撮影現場で台本に書かれているセリフの変更を要望する事は一切しない。それよりも“この子は、この場面で、こんな風に言う子なんだ”と、自分の中で一度受け入れてから“だったら、どんな言い方をするだろう”と再構築して演技に挑むのだ。「当然、作品は監督のものだと思っているので…。だいいち台本に書かれている事を変える自信もないですし…(笑)」と無邪気に笑う次の瞬間、「ただ…自分で納得しないで演じるというのはしたくないので、その子の気持ちが見えない時は理解できるまで監督に聞きに行きます。」と、続けた時の真剣な表情は女優の顔になっていた。どう演じるか?ではなく、その子はどんな気持ちでいるのか?を常に考えている佐津川愛美は、もしかすると役を演じるのではなく彼女自身を演じているのかも知れない。だからだろうか、完成した作品を観る限り、実にのびのびと役になりきって…というよりも役を楽しんで演じている印象が強い。撮影直前まで“ちゃんと出来るだろうか…”と緊張しているのが信じられない程だ。「基本的にいつもそうなんですよね始まる前は…。でも現場で監督やスタッフの方と一緒に作っていくというのが好きなので結果的には楽しんでいるんですけど」と屈託の無い笑顔を見せる。
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そんな佐津川愛美に、3年前から、ある現象が起きている。ショートフィルムのクリエーターから出演のオファーが続いているのだ。2010年7月にはショートフィルム専門館“ブリリア ショートショート シアター”にて特集上映が組まれた程。一人の女優名を冠として特集するのは勿論、劇場でも初めての事である。この快挙に対して彼女は、「もちろん嬉しいのですが…正直こんな大ごとになってビックリしてます。」と困惑気味の表情を浮かべる。今回の特集で上映される4作品は、ラブコメから刑事もの、CGアクションと様々。その中で彼女は、いずれも全くタイプが異なる役を演じ、まるで“佐津川愛美カタログ”を見ているようだ。更に、長い間公開が待ち望まれていた時代劇『宮城野』も“女優 佐津川愛美特集 vol.2”として同劇場でレイトショー上映が実現。どうやらこの夏みなとみらいは、佐津川愛美カラーに染まりそうだ。
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