2009年からスタートして、今や「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」の人気コンテンツとなったミュージックShort部門。毎回、様々なアーチストが提供された楽曲を多種多様な表現で多くの観客を魅了し続けているが、今年、見事シネマチックアワードに輝いた『グッドカミング トオルとネコ、たまに猫』は、ファンシーケースから飛び出て来たような可愛らしさと、そしてちょっとだけ勇気を与えてくれる強さを持ったハートフル・ファンタジーだ。この映画を手掛けたのは、これまで数多くのミュージックビデオやオムニバス作品を送り出してきた月川翔監督。「ショートフィルムの魅力は、ごく短い時間で人生の豊かさを感じさせてくれる優れた表現形式のひとつ」と語る月川監督に映画祭最終日の舞台挨拶をされた直後、お話しを伺う事が出来たので紹介させていただく。

 福岡出身の三人組ユニットGood Comingの楽曲をモチーフにシナリオを書き起こした物語は、イタリアン・レストランで働く主人公トオルが、拾ってきた猫のおかげで失いかけていた自信を取り戻し、再び夢に向かって歩み出す…という正にGood Comingの辿った道そのもの。月川監督は視点を分散させず、松坂桃李演じるトオルと上間美緒演じるネコの二人を主軸にする事によって、Good Comingの楽曲を効果的に聴かせる事に成功していた。「最初にプロデューサーからお話しをもらった時に言われたのが、曲を売りたい…ではなく、映画を作りたいという一言でした」と当時を振り返る月川監督。「Good Comingさんが今まで作られてきた楽曲を聴かせてもらってから、脚本家の村上桃子さんとまずは映画のコンセプトを固めました」Good Comingの曲は、バラードや失恋の歌であっても前向きな曲が多かったので、映画のコンセプトを決めるのは時間が掛からなかったそうだ。「とにかく前向きな話しにしよう…というところで意見が一致して、そこから村上さんにいくつか候補を作ってもらって最終的に決まったのがこの内容でした」更に、完成した脚本から新たに書き起こされたのがエンドロールに流れる主題歌『明日に』だ。「こんな感じで、Good Comingさんとキャッチボールをしながら進めて行けたので、本当にスムーズでやりやすかった」と語る。

 撮影時は俳優に対して特に演技の注文はつけず、現場で出演者と協議しながら作り上げていくというスタンスを採っているという月川監督だが、物語の中盤…初めてGood Comingの挿入歌が流れるシーンにおけるトオルの演技についてはかなりこだわったという。「ちょうどトオルの意識が切り替わるシーンなんですよね。順撮りじゃないので難しかったと思うのですが、松坂君には何かを受け入れたような表情をしてもらうようお願いしました」そのシーンというのは、後輩に先を越されヤル気を失っていたトオルが再び仕事に対する意欲を復活させる…映画の要となるところだ。「編集でつないだ時に、正直、あっスゲーって思いましたね」アパートの屋上で夜空を見上げているネコに「今度ここでメシでも食うか」と言ってニコッと笑う。そこでGood Comingの挿入歌『ひまわり』が絶妙なタイミングで流れる。「僕は何もしていないんです。演じてくれた松坂君の力で、ここが素晴らしいシーンになったんです」また、上間美緒が演じた実にキュートなネコの演技についても「人に猫を演じてもらうのは、初めてなので(笑)僕もワカンナイって正直に言って、上間さんに色々見せてもらいました。だから、僕は悩んでいただけなんです」と謙遜されるが、ネコが空腹でお腹が鳴って恥らうシーンの仕草は月川監督自らお手本を見せたという情報が入っている(ご本人は覚えていないそうだが)。現在配信されている『恋するアプリ』や吉川友がソロデビューするまでを追ったドキュメンタリー『きっかけはYOU!』等、月川監督は女優を実に可愛く撮るという印象がある。「それってよく言われるんですけど、撮影前にカメラマンと女優さんの写真や作品を見るんです。あっ、可愛い〜!とか言いながら…(笑)それから、今度は可愛いと思った表情をもう一度見直して“どうして可愛いと思ったのか?”を分析するんです」ここで同席されていたGood Comingの皆さんが一斉にヘェ〜と納得。「そこで、上間さんには今回のキャラクターを演じてもらうに当たって、あまりメイクをせずに逆に寝ぐせとかつけてもらったんですよ」今回、注意した点は、ネコのキャラクターを女の人に嫌われないようにしよう…というところ。「上間さんがそこを嫌味なくやってくれたので…」公開後は必ずネットで作品の反応をチェックしている月川監督だが、「明らかに桃李君のファンだなと思う人たちから“上間さんが可愛い”というコメントを多く書いてくれていたのが嬉しくて、これはホンモノだな…と思いましたね」と改めて安堵の表情を浮かべていた。

 意外なことに、高校に入るまで映画やドラマを観ていなかったという月川監督。高校三年の文化祭で自分たちで作ったオリジナルの脚本で演劇をやることになって参考で映画を観たところ「あっ、映画って面白いんだ」と感じて、大学に進学してから映画を作り始めたという。ロバート・ロドリゲス監督が破格の低予算で作り上げた『エル・マリアッチ』を観た月川監督は「バイトしてお金を貯めたら半分の長さの映画で半額で出来ないかな(笑)って思ったんですよね」と言われる通りバイトをしながら制作費に注ぎ込んでいたそうだ。映画を作り始めて、今年で十年目という月川監督は「逆に映像体験が高校まで無かったおかげで理想は高くないのが良かったかも知れませんね」と笑う。「知識から入ったとしたらやっていなかったかも…」10年という短い期間で数多くの作品をの残してきた月川監督は「自分は運がいい人間」と語る。今回のミュージックShortシネマチックアワードの受賞についても「今回もGood Comingさんの作品に出会えて、桃李君と上間さんと一緒に良い仕事が出来たおかげで賞をいただけたので、更に運気が上がったと思います」というが、完成した作品を観れば単なる運ではない事は一目瞭然。今回の経験から次回作はどんな作品を見せてくれるのか…来年の映画祭が楽しみだ。

取材:平成24年6月30日(土)舞台挨拶後 ブリリア ショートショート シアターロビーにて


月川翔/Sho Tsukikawa 1982年8月5日、東京生まれ
成城大学在学中に、自主映画5作品を監督。JCF学生映画祭グランプリなどを受賞。その後、東京藝術大学大学院映像研究科で、黒沢清・北野武教授のもと『心』(利重剛、伊藤栄之進、役所広司)など4作品を監督する。09年にウォン・カーウァイ、ソフィア・コッポラらが審査員を務めた「LOUIS VUITON JourneysAwards」にて審査員グランプリを受賞。その後、RADWIMPSやSPEEDのミュージックビデオやCM、ショートフィルムの他、テレビドラマ“Dx TOWN”や長編作品『携帯彼氏+』『携帯彼女+』などで監督・脚本を手掛けている。現在、docomoの連続ドラマ『恋するアプリ』(第1〜10話)が配信中。

【月川翔監督作品】

平成23年(2011)
Cheer full
きっかけはYOU!

平成24年(2012)
グッドカミング
トオルとネコ、たまに猫




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