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今から4年前。友人から「面白い映画がある」と薦められて観た映画がある。既にテアトル新宿のレイトショーは終了していたが、我が家の近所にある映画館シネマジャック・アンド・ベティで上映されると知り、滑り込みで観る事が出来た。映画は『ミツコ感覚』、監督は山内ケンジ。広告業界の傍らに身を置いていた私は、その名前はよく知っていた。ナオミ・キャンベルが言う「ナオミよ」が流行語となったTBCや、UFO仮面ヤキソバンのキャラクターが話題となった日新食品、ソフトバンクモバイルの「白戸家」など数々のヒットCMを生み出してきた大御所ディレクターだ。「あの山内監督が映画を作った!どんな映画なのか観てみたい!」という興味の趣くまま席に就いて…映画が始まってものの10分も経たないうちに結論が出た。主人公ミツコが河原で写真を撮っていると、ゆっくりと近寄ってくる正体不明の気の弱そうな男。あからさまに不信感を顔に出すミツコを尻目に、男はすぐに嘘と見透かされる話題を繰り出してくる…やがてミツコの日常はその男によって、非日常のスパイラルへと引き込まれていく。プロローグかと思いきや、いきなり本題が始まっていたという意表を突く滑り出しに、「面白い!」と膝を叩いたのを鮮明に記憶している。あれから4年間…次回作を待ちこがれていたところに、新作が完成したという嬉しい知らせが届いた。 新作『友だちのパパが好き』は、分かりやすく言えば、タイトル通り…親友のお父さんを好きになった女の子・マヤの物語だ。親友の告白によって平穏だった日常を掻き乱される主人公・妙子と、離婚協議中の父・恭介と母・ミドリ…そして父の不倫相手や周囲の人々まで巻き込んで、右往左往する姿を描いている。山内監督が脚本を書き始めたのは『ミツコ感覚』の公開もひと段落した2012年。「元々、吹越さんありきで別の話を書いていたんです。石橋けいさんが奥さんというのも決まっていて、その他の登場人物については書きながら考えてきました。僕はプロットを書いて、脚本を書けるタイプじゃないので(笑)。途中で、舞台(山内監督が主宰する演劇ユニット「城山羊の会」)のオーディションに岸井ゆきのさんが受けに来て、出てもらったんですよ。その時の演技を見て娘役にイイかなと…」こうして、基本の骨子が出来たのは3年くらい前だ。「脚本を作る段階で、一旦は通常バージョンを書いているんですが、すぐ止めて、普通なら、そう来るだろうというところをワザと避けたしして…。結構、四苦八苦しながら書きましたね」 本作で山内監督は、全編ワンシーン・ワンカット、固定カメラによる長回しで撮影するという技法を取り入れている。「前作は2カメで撮って、普通にカット割りをしていったんですけど、カメラの橋本君と、次回作は1カメで行きたいね…って話をしていたんです。だったらワンシーンワンカットの方が面白いよねっていう感じで決めました」この長回しによって登場人物たちの微妙な心の動きが如実に伝わるという効果が生まれた。「最初からその効果を狙って脚本を書いていました。単に物語を進めるためだけの情報を描く長回しというのはやらないで…それぞれのシーンにオチがある。ワンカットが長いですからね、飽きさせないよう起伏を付けて、引っ張っていく事を意識していましたね」山内監督が脚本を執筆するに当たって、参考にした映画がある。クリスチャン・ムンギウ監督の『4ヶ月、3週と2日』だ。「ムンギウ監督の脚本がしっかり出来ているんです。人物の出し入れから配置に至るまで脚本の段階で練っておかないと、現場で考えていたら遅いな…と思いました」 マヤが元カレと別れ話をした後、付き添ってくれた妙子とカフェでお茶をするくだりで、前述した言葉の意味がよく分かる。たった今、男と別れ話をしたばかりなのに、その舌の根も乾かぬ内に父親の話を切り出したマヤに呆れた妙子が「もう好きにしなよ!」と言う。そこで嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言ってマヤは店を出ていくのだが、しばらくして「さっきのありがとうは、今日付き合ってくれた事のお礼だからね」と、わざわざ戻ってくる。浮き足立ったマヤが彼女なりに妙子へ気配りを見せるのだが、逆にそれが妙子の怒りに火に油を注いでしまう面白さ。「画面の切り返しを入れると意味は分かるんだけれど、やっぱり客観性というのが無くなりますよね。ワンシーンワンカットは、ちょっと引いているから、作り手の意図が介入してこない。カットを割らないから、全体が分かるし、自然に表情が変化していくところもよく分かるんです」 もうひとつ印象に残るシーンがある。恭介が不倫相手ハヅキの妊娠を知らされるカフェ(思えば本作でターニングポイントとなるシーンはカフェが多い)。ハヅキが席を離れると恭介の携帯にメッセージが届く。慌てて周囲を見回す恭介。観客も恭介と同時にマヤが近くにいる事を察する。すると一番奥に座っていたマヤがゆっくりと立ち上がる…長回しだからこそ観客が感じるゾッとするシーンだ。実はそれまでマヤの手前に、一組のカップルがいたのだが、途中でその二人は店を出て行く…そこまでは私も視線を追ったりしていた。しかし、その動きのおかげで背後にいたマヤは完全に見えなくなった。この鮮やかな空間演出とトリックの完成度には感服せざるを得ない。 |
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