At the terrace テラスにて
安全な場所から、富裕層の生態をお楽しみください。
2016年 カラー ビスタサイズ 95min SPOTTED PRODUCTIONS配給
監督、脚本 山内ケンジ エグゼクティブプロデューサー 小佐野 保
プロデューサー 石塚正悟、野上信子 ラインプロデューサー 中野有香
撮影 橋本清明 照明 清水健一 録音 渡辺丈彦 編集 河野斉彦
出演 石橋けい、平岩紙、古屋隆太、岩谷健司、師岡広明、岡部たかし、橋本淳
オフィシャルサイト http://attheterrace.com
2月18日(土)より 全国順次公開中
(C)2016 GEEK PICTURES
ある邸宅でのパーティの夜。色白の人妻、はる子の「白い腕」に男たちは熱い視線をむけ、専務夫人は嫉妬の炎を燃やす。日頃取り繕っていた仮面が剥がれ落ち、欲望、嫉妬、秘密の暴露が飛びかうテラスでの会話劇。監督は、ソフトバンクモバイル「白戸家」など数々のヒットCMを手がけるCMディレクターであり、”城山羊の会”劇作・演出家としてジャンルを越えて活躍する鬼才・山内ケンジ。第59回岸田國士戯曲賞受賞作品「トロワグロ」を公演時と同じキャストで、自ら完全映画化した本作は、類をみない<ワンシチュエーション会話劇>です。出演には、山内作品のミューズ・石橋けい、「とと姉ちゃん」の記憶もあたらしい平岩紙。紅2点を囲む男性陣に、古屋隆太、岩谷健司、師岡広明、岡部たかし、橋本淳の名優が集結。100%不謹慎、7名が繰り広げる、人間のすべてがつまったテラスでの90分。昨年の監督作品『友だちのパパが好き』に続き、第29回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門 公式出品が決定、連続出品の快挙を成し遂げる。
それは、笑い声がさざめくいつものパーティのはずだった。
東京近郊、とある豪邸のテラスで、富裕層が集まる宴がそろそろ終わりの時間を迎えようとしている。しかし、人々には帰れない理由があった。透き通るように色白の女性、はる子(平岩紙)。彼女の白い腕のまわりには、まるで蛾のように男達がよってきては離れない。豪邸の持ち主である専務(岩谷健司)とそのイケメンの息子(橋本 淳)、エリートだけどたぶん童貞の会社員(師岡広明)に、胃を切り取ったばかりの中年男(岡部たかし)、そして、グラフィックデザイナーである彼女の夫(古屋隆太)。さらには、そんな男たちを冷めた目で見つめ、はる子に嫉妬の炎を燃やす美しい専務夫人の存在(巨乳)(石橋けい)。それぞれの妄想を胸に秘めたパーティの出席者たちが、たわいもない会話を繰り返すうちに導き出す、とんでもない結末とは。
6年前、監督第1作となる『ミツコ感覚』で、自身が手掛けたTBCやソフトバンクなどのCMのような摩訶不思議な世界観で、見事、映画ファンを虜にしてしまった山内ケンジ監督。2作目の『友だちのパパが好き』では、純愛という名の元で、現代の日本人が持つ精神的美徳を謳い上げた。そして前作から間髪を入れずに送り出してきた3作目の本作で、山内監督はパーティーが終わった大邸宅のテラスに、日本社会そのものを詰め込んでしまった。原作は自らが主宰する劇団・城山羊の会で公演を行なった戯曲『トロワグロ』。タイトルに、新宿の三ッ星キュイジーヌの名前を付けるところに山内監督のセンスがキラリ。劇中、「トロワグロのローストビーフを…」というセリフがチラっと出て来て、観客の興味を軽くくすぐるのもさすが。残念ながら、私は岸田國士戯曲賞を受賞した舞台を未見なのだが、観劇した知人は誰もが口を揃えて大絶賛している。再演の時は何としても行こうと思う。
物語はパーティーがお開きになったところから始まる。遠くから「先生また〜」を不必要なほど連呼する聞き覚えのある謝辞のオープニング(タクシーに乗り込む恵比寿顔の大御所が眼に浮かぶ)から失笑を誘う。殆どの客が帰り支度をして玄関に集まっているところで、誰もいなくなったテラスで一人佇む平岩紙がイイ。何かが起きる予感を仄めかす存在感がある。今までの山内作品には現代の日本人を感じさせるアイテムが登場するが、今回は挨拶だ。見送りの謝辞に始まり、テラスに集まってくる人たちの挨拶や社交辞令が実に日本人っぽい。相手の名前が思い出せず「はいはい…」を繰り返すのも然り。本気なのかお世辞なのか…師岡広明演じる若いサラリーマンは、最初に褒めた平岩紙の腕の細さを何度も口にして、引っ込みがつかなくなったのか、とうとう謙遜する彼女の夫に食ってかかる。その姿から、何かしゃべっていないと…というプレッシャーすら感じる。気の利いたトークをしようと無理に会話を搾り出す人間たちが、僅か90分程で破綻していく様は笑える反面、自分にも心当たりがあったりして辛いものも感じる。
こうしたセレブたちの生態をシニカルな笑いで描いた作品として、ニール・サイモンの戯曲『カリフォルニア・スウィート』を思い出す。高級ホテルに集まった夫婦たちの群像劇だが、アカデミー賞を獲れなかった女優(演じるのはアカデミー常連のマギー・スミス)が夫に当たるシーンが印象に残る。平静を装いながら穏やかではない心境をウィットに富んだセリフで包み隠す…そのギャップが面白かった。本作では、社交辞令で固められ、均衡が取れている小さな世界をたった一言で壊すのが、あろう事にホスト側の人間…石橋けい(相変わらず内から醸し出す色気に釘付けになった)演じる主催者の妻というのも面白い。男性たちの目が美しき腕に向かっている事に苛立ち、本性を剥き出しにして場の空気を攪乱する。特に後半の美白と巨乳の言い争いは圧巻。フェティッシュな拮抗にこだわる山内演出は、舞台から映画へと表現手法が広がり、ここぞとばかりに寄ったり引いたり…緩急自在のしたたかなカメラ演出によって登場人物たちの心情的イメージは更なる広がりをみせる。見事だ。
ちなみに劇中で、たくさんの企業やショップが実名で登場する。これは、CMディレクターだった山内監督ならではの高尚なお遊び。師岡広明扮するトヨタに勤めている青年は、なかなか苗字を覚えてもらえず、挙句には「トヨタさん」と呼ばれる始末。最近の日本人(…に限らないか?)は得てしてブランドに弱い。その代わりに自分にとって見返りのない個人の名前は覚えられない。アパレルの高級ブランド名はすぐ出てくるのに人の名前は覚えられない。これを逆手に取って笑いに転化出来るのは、数々の名作CMを作り出してきた山内監督だからだろう。こうした自虐的なシニカルな笑いを本作では自身に向けられたようだ。
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