友だちのパパが好き
純愛は、ヘンタイだ。
2015年 カラー ビスタサイズ 105min SPOTTED PRODUCTIONS配給
監督、脚本 山内ケンジ エグゼクティブプロデューサー 小佐野 保 プロデューサー 木村大助
撮影 橋本清明 照明 清水健一 録音、整音 木野武 スタイリスト 増井芳江
ヘアメイク たなかあきら 編集 河野斉彦
出演 吹越満、岸井ゆきの、安藤輪子、石橋けい、平岩紙、宮崎吐夢、金子岳憲、前原瑞樹、永井若葉
牧田明宏、島田桃依、岡部たかし、白石直也、山村崇子、金谷真由美、高畑遊、小柳まいか
オフィシャルサイト http://tomodachinopapa.com/
《宮城》フォーラム仙台、《青森》シネマディクト、《北海道》ディノスシネマ札幌劇場にて公開中
2月20日(土)より 《東京》下高井戸シネマ、《静岡》藤枝シネ・プレーゴ、《京都》立誠シネマ
公開劇場は以下をご覧下さい。 → http://tomodachinopapa.com/theater.html
(C)2015 GEEK PICTURES
監督は、ソフトバンクモバイル「白戸家」など数々のヒットCMを手がけるCMディレクターであり、”城山羊の会”劇作・演出家として第59回岸田國士戯曲賞受賞(「トロワグロ」)を果たし、ジャンルを越えて活躍する鬼才・山内ケンジ。初監督映画『ミツコ感覚』に続き長編第二弾となる本作は、毒と悲しさとおかしさが混在する独特の間と世界観で、とある家族の物語を描いたオリジナルストーリー。出演には、日本を代表する実力派俳優・吹越満、『ピンクとグレー』に出演している若手注目女優・岸井ゆきの、『超能力研究部の3人』の安藤輪子、山内作品のミューズ・石橋けいをはじめ、平岩紙、宮崎吐夢などが集結。おかしいほどまっすぐ、ありえないほど真剣な純愛の行方はどこへ向かうのか。なんとなくの常識をゆさぶる新しいラブストーリーが誕生!
「なにそれ、マジで言ってんの」自分の父親に思いを寄せる親友マヤ(安藤輪子)の突然の告白に、あきれる妙子(岸井ゆきの)。笑いとばす母親ミドリ(石橋けい)。しかしマヤはその日をきっかけに、猛然と父親へのアタックを開始する。女子大生の娘と同い年の美少女に好意を寄せられて、うれしさをかみ殺せない父親恭介(吹越満)。あきれるミドリ。恭介には長年の愛人ハヅキ(平岩紙)がいて、そのために夫婦はすでに離婚することになっていたのだ。ある晩の食卓でその事実を知らされて動揺すると同時に、マヤに釘をさす妙子。しかし、愛人のために離婚、おまけに彼女の妊娠というニュースは、マヤにとってはさらに恭介へ想いと行動を加速させるものでしかなかった。一方、マヤにふられてパニックになった元恋人の高校教師(金子岳憲)は、自殺未遂が失敗に終わり、ストーカー行為を開始。その手には包丁が握られていた。さらに、不安定な母親ミドリに言い寄る同僚や、達観した妙子に不満げな恋人康司が加わって……当たり前だと思っていた数々の関係が、マヤの純愛によって、あっという間に崩れていくのを妙子は目にすることになる。
『友だちのパパが好き』というリリカルなタイトルから、てっきり軽妙なガールズムービーと思っていたのだが…観てみると、こちらの想像を(嬉しい意味で)裏切ってくれて、最後までハラハラしながら楽しく観れた。冒頭、親友マヤから自分の父親がタイプだと告げられた妙子が「普通に男として、ありえない」と、全力で否定するシーンからこの映画は始まる。マヤに扮する安藤輪子と妙子役の岸井ゆきのが、実に素晴らしい演技を披露。パパをめぐって温度差のある二人の掛け合いが絶妙で、ラストまで目を離すことが出来なかった。しばらくは年上の大人に憧れる未成熟な少女にありがちな告白とタカを括っていたのだが、マヤの真剣度合いが表面化し始めるあたりから、うすら寒い不吉な何かが漂ってくる。前作『ミツコ感覚』で日常の中に異物(トリックスター)となる人物を放り込む事で、不条理な世界を描いた山内ケンジ監督は、本作でもマヤという異物を離婚協議中の家族の中に侵入させて、登場人物たちの日常に生じるズレ…の面白さを表現している。
主要な登場人物は5人。マヤと妙子、そして吹越満扮する妙子のパパ恭介(マヤが下の名前で呼ぶことを妙子が嫌うのが笑える)、平岩紙演じるパパの不倫相手ハヅキ。そして、妻ミドリに扮する石橋けい(筆者は『ミツコ感覚』以来の大ファンなのだ!)は、今回も期待を裏切らない最高の演技を見せてくれる。両親の離婚を知った妙子は、それをマヤに教えると(恭介には浮気相手がいるにも関わらず)マヤは無邪気に喜ぶ。マヤが少し怖い存在に感じてくるのは、まさにこのあたりからだ。行き過ぎた愛情は時として人間を狂気へと誘う。過去にもストーカーの恐怖を描いた作品は数多くあったが、本作はそこに向かうわけではなく、無邪気にはしゃぐマヤの裏側に潜むプリミティブな冷酷さが終始、観客の不安となって付きまとってくる。軽妙なやり取りで発生する笑いでオブラートに包みながら闇を見せたり隠したりする山内監督の演出は『ミツコ感覚』と同様に絶妙なバランスで成り立っており、その完成度の高さには感服せざるを得ない。
山内監督は、長回しの技法を使う事によって、登場人物たちの心に生じた微妙なズレを如実に表現する事に成功している。例えば、「マヤちゃんが、貴方の事が好きだって…」と妻が言った時に見せる夫の喜びを隠して平静を保とうとする食卓のシーン。何気にテレビをつける夫の行動を見逃さない妻は「そんなに嬉しいんだ…いくつになっても」と見透かしてしまう可笑しさ。また、マヤが付き合っていた高校教師に別れを告げるシーンでは、ロングの固定カメラで二人のやり取りを客観的に見つめ、教師は何とか思いとどまらせようとしながらも、ご近所のオバちゃんが通ると愛想を振りまき、マヤが立ち去った後、泣き出しながらも、通行人に体裁を取り繕うあたりは、長回しているからこそ、身につまされながらもつい笑ってしまうアンビバレントな効果を生み出している。
それにしても不条理な出来事に対して、戸惑いながらも冷静に対処しようと努める登場人物たちの所作の面白さ。以前、山内監督が手掛け、流行語にまでなったTBCのCMで、エステに出掛けた娘がナオミ・キャンベルとなって帰って来た時に、清水章吾演じる父親が狼狽しながら「そんな…声まで変わって…」と呟く、あの場面を思い出す。宮崎吐夢演じるミドリが務める会社の同僚が、いきなり社内でキスしようと迫るところを上司にとがめられるシーンがある。この人物もなかなかシュールなキャラクターだが、上司がいなくなってミドリに謝りながらも手にキスをしようとする…これでもかという、この一押しが良いのだ。長回しシーンが多いにも関わらず、緩急自在の展開によって観客の関心を釘付けにしてしまう山内監督の脚本の完成度は、本当に惚れ惚れさせられる。ストーカーとなった元カレの教師が恭介を刺し殺したと早合点したマヤが仁王立ちして、自らの腹に包丁を突き刺す姿は神々しくもあり、思わず拍手を送りたくなった。これは究極の純愛映画なのだ。
「あたしはいいんだけど、あの人、奥さんいるからね」一人盛り上がっているマヤに妙子が言うセリフ。奥さん…とは勿論、母親を指す。